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第14話 奇想天外
あんたの思う「悪循環」ってなんだよ。
ほら、またこうやって、あの人のことを考えている。今日、これで何度目だ? あの人のことを考えて手が止まったの。
「庄司さん、ここ、数字合ってない、かも?」
アシスタントの荒井さんが首を傾げた拍子に珍しく巻いていた髪がふわっと跳ねた。
「……あぁ」
あと、少し化粧濃いな。そんでもって機嫌がいい。これなら、いくらでもデスクワーク頼めそう。
「それと明日納品は無理ですよ? さっき、工程管理に明日、次の工程に回して欲しいって連絡しました?」
は? なんでだよ。明日、回さないと年末で納品間に、合わ、な……くないか。
「だって、明日、お休みですもーん。三連休でクリスマスですもーん」
今、気がついた俺ってヤバいな。そしたら、今日、一日、俺はずっと明日も仕事があると思って動いてた。メール、何件かしてるけど、日付、間違えてねぇよな。それをざっと確認して、たぶん大丈夫そうだと、ひとつ息を吐く。
ボーっとするにもほどがあるだろ。曜日感覚ないとかさ。しかも連休のことが頭からすっぽり抜けてるとか、どんだけ仕事熱心な部下なんだよって感じだ。
「課長に見つからなくてよかったですねっ」
「……」
その鬼課長のことを考えてて曜日感覚なくなってた。
「ごめん。俺、ちょっと、外回り行ってきます」
「え? 今からですか? あ、工程管理は?」
バカ、定時で帰りたいのに仕事を押し付けられたら困るからって、慌ててでかい声出すなよ。工程管理への連絡もメールの確認も全部、スマホ経由できるっつうの。だから、静かにしてろ。あの人がこっちを見るだろうが。
「外回り行ってきます」
花織さんがこっちを見てた。何かアシスタントと話をしていたはずなのに、その会話を止めてまでこっちを見て、睨んでた。見るくせに、近寄るなよオーラを出してる。たしかに悪循環だよな。そんなに人のこと目で追いかけるくせに、近寄ろうとすると爪を立てて怒るんだから。わけわかんねぇ。
いいよ。他所にはその不機嫌オーラばら撒けよ。でも――
「……」
でも、一番わけわかんねぇのは、俺だよな。あの日から、ずっと、あの人のことを考え、驚いて、戸惑って、そして、今は最高にムカついてイライラしている。この感情のアップダウンだってすごく面倒で疲れることなのに、フラットになってくれそうもない。
俺の一番嫌いなことは「面倒なこと」のはずなのに、どうしてこんなに振り回されて疲れなきゃなんねぇんだ。すげぇ、めんどくせぇ。
「さぶっ」
外に出ると、北風が頬に痛かった。年末ギリギリのところで打ち合わせなんてない。新規の客も仕事も、年末でどこもかしこもバタバタしているこの時期よりも、年明けのほうが取りやすいはずだ。年越しの挨拶ももう済ませた。あとはやり残してる仕事が滞りなく完了するのを確認することと、来年からの準備をしっかり進めることくらい。それでも頭を冷やしたくて外に出た。
あの人がいないところに、俺の視界にあの人が入らないところに行きたかった。少し、頭の中を冷やして、オーバーロードで加熱気味なんだろう脳みそをクールダウンさせたかった。
そして、少し冷えた頭がまず考えたのは、めんどくさがりのくせに、頭の中を整理するためにウソついて、北風吹きすさぶ外に出ている、今、この状況だ。それこそ面倒だ。なんで、この寒い外でぶらつかなくちゃいけないんだよ。特に用もないのに外ほっつき歩くなんて面倒以外の何ものでもない。
クリスマス一色だった。いつよりもイルミネーションが光って、はしゃいでいるように見えるのは三連休だからかもしれない。
その三連休、今年来たばかりの課長のおかげで仕事はバタつくこともなく、順調に年末を迎えようとしている。前の課長がいた頃の年末なんてひどいもんだった。この時期はどこもかしこも遅れが生じて、いつもだったら、納期の前倒しを頼まれたり、逆にこっちが納期をズラせないかと必死に頼み込んだりで連日残業だったのに、今年は全部がスムーズで定時上がりもできそうなくらい。それなのに、この三連休に何をしようかとか考えてなかった。
考えてたのは――あの人のことだった。
ありえねぇ。男で上司で、あの鬼課長とか、本当にありえねぇ。そう何度も繰り返した。何回繰り返したかなんてわからないほど、もしかしたら何百回も繰り返し繰り返し胸のうちで言っていた。自分に言い聞かせて、ほら、ちゃんと考えてみろよ、アレだぞ? あの、デスクの向こうにいる、あの眉間に皺を刻んだ、あの課長だぞ? って、何度も思っては、顔を上げて、その人を確認した。
そして、見つけては言い聞かせ続けた自分の胸のおかしなリアクションに戸惑った。ほら、今だって。
「なんなんだ、これは……」
身体が冷え切った頃、会社に戻ると、その人がいた。
あの人の声に反応してる。
社に戻ってきたのは定時をすぎた十五分後。まだ残っている人もいるけど、でも、もう皆の頭の中はこの後にある三連休の過ごし方でいっぱいって顔をしてる。クリスマスの浮かれた雰囲気がどことなく漂う空気の中で、間逆の低く不機嫌そうな声は目立つ。文句を自販機に対して溢してるのを見つけた。
スタートは青天の霹靂。そっから、ずっと俺は激動の日々を送ってた。あの人に目で殺されそうなくらい睨まれて、すごまれて、言いふらしたら左遷してやるなんて脅されたりなんかもしたっけ。
はぁ? たかが毛がないくらいでなんなんだ。こんな面倒な奴に巻き込まれるのはごめんだって思ったのに。
あの人は俺を驚かせることばかりして、面倒かどうかを判別する隙も与えない。そんな奴初めてで、忙しくて慌しくて、外ヅラのいい「庄司君」のフリをするのすら忘れた。酔っ払って吐いて、目を潤ませて、人のことグラつかせて、恋愛観念ぶっ壊しやがって。
「ちっとも出てこないじゃないか」
知るか。人のことブンブン振り回しておいて、何が忘れろだ。忘れて欲しいんなら、忘れられるように俺の頭の中からいなくなれよ。
何、人のこと驚かせて、奇想天外なことして、そんで、無我夢中にさせてんだ。
「くそ、最悪だ」
最悪はこっちだっつうの。
「それ、ボタン押しても出ねぇよ」
「……え?」
自分の背後からスッと出てきた手に驚いて身を竦める。人に慣れてない野良猫がいきなり伸びてきた手に驚いて飛び上がるのにそっくりだった。
あ、それもムカついたっけ。
他の奴らには野良猫みたいに警戒心持っていて欲しいのに、俺に対してそれをするのが無性に腹が立った。俺だけは警戒する必要ねぇだろって思ったんだ。笑えるくらいに、それってただの独占欲だ。
「ここ」
バン! って叩くんだ。中央から少し下、右寄りの辺りを思いっきり叩くと。
「ほら、出ただろ」
「……」
すぐにヘソを曲げる自販機が吐き出したのはコーンポタージュ。この人は、自分のキャラわかってんのかわかってないのか、さっぱりだ。鬼の課長がコーンポタージュは飲まないだろ。
「飲まねぇの?」
「……」
ビクつくなよ。別に俺はあんたを傷つけたりしない。
「つか、帰んねぇの? もう今日は上がれるはずだろ。しかも、明日から三連休」
「…………から」
「は?」
傷つけるわけがない。だって、俺は。
「庄司が帰ってくるのを待ってた、から」
俺は、あんたのこと――
「待ってたから、帰らなかった」
花織さんの低い声がクリスマス三連休でなんとなく浮かれた空気の中で穏やかに響いてた。
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