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通販でも斜め上を貫く編 1 山下のご祈祷

 要は常に俺の斜め上を突き進んでく。  とりあえず、予想通りなったことなんてほっとんどない。リアクションに至っては予想外すぎて、そこもまた可愛くてさ。 「花織課長大丈夫ですかねぇ」  顧客との打ち合わせの帰り道、高速道路をスイスイと走る車の中で、助手席に座る山下がそう呟いた。運転は俺。山下の運転は……寿命が縮むから。一般道でそれだから高速なんて運転させるわけにはいかない。 「あぁ、平気だ」 「鼻、ずっびずびでしたもんねぇ」 「……あぁ」  珍しく、要が風邪を引いた。  連日忙しかったから疲れもあるのかもしれない。体調管理ができていないと、鼻をかみながら落ち込んでいた。 「今日は定時で帰ったから大丈夫だろ」 「週明け! 治ってますように!」  ただの鼻風邪だとは思う。熱もなかったように感じた。でも、大事を取って定時で帰らせたんだ。普段頑張りすぎてるあいつに課長なんだから残って仕事をしてくれなんて思う奴はこの部署にはいない。定時で帰るといえば、荒井辺りが要あての仕事は全て、上手にかわすなり、スケジュールをずらすなり対応してくれるだろう。  それでも普段の要なら責任感が強くて、本当にクソ真面目だから、絶対に風邪なんて吹き飛ばすさって、自分の部下よりも早く帰ることなく最後までオフィスで仕事をするだけろうけど。  荒井の可愛い部下に移しちゃったらどうするんですか! って一言が効いた。  それに今回は、明日があるから。 「これで大丈夫っすよ!」  高速道路をスイスイと渋滞に引っかかることなく進む車の中で、山下がバタバタとスーツをしわくちゃにしながらご祈祷みたいなポーズを取り、念らしきものを送った。お前は小学生か、と心の中で呟いたけど。でも、それだけ要のことを心配してくれてるんだろ。 「……あぁ」  俺も早く治って欲しいし。  明日の、デートがあるからさ。 「そうだな」 「ういっす!」  久しぶりに動物園にでも行こうかって話してたんだ。俺たちが付き合ってすぐの頃に行った動物園に。  要は大はしゃぎで、その日をすげぇ楽しみにしててさ。  まさに、小学生の遠足カウントダウンみたいに毎日毎日楽しみにして、あと何日ってぶつぶつカレンダーの前で呟いてたんだ。  その姿なんて簡単に想像できるだろ?  職場じゃ、明日は顧客との打ち合わせがあるんだぞ? 明後日は会議が午前午後それぞれに入ってるからな。明明後日は部内のミーティングでこのことの話し合わないといけないな――なんて、脳みその中は仕事のことが満杯に詰まってそうに見えるのにさ。  ――高雄! いよいよ、明後日だな! お弁当は作るのもいいと思うんだが、でも、できたら。  でも、カレンダーの前で嬉しそうに微笑んで、「できたら、あの日と同じレストランで食べたいな」なんて頬をピンク色に染めながら小さく呟くくらい、頭の中が遠足デートでいっぱいなんだ。  可愛いだろ?  だから、はしゃぎすぎたんだ。  まさか風邪を引くとは、だ。  でも、まだ引き始めだから、一晩しっかり休めば大丈夫だろ。そう思っていた。 「ただいま」  山下と他愛のない会話をしながらの長距離移動を経て、ようやく帰宅した。 「要、打ち合わせ、いい感じに終わった。俺でも、今回の商談まとめられそうだから、このまま俺が受け持つよ。山下にもいい経験になるだろ」  明かりがついているから、リビングにいるものだとばかり思っていたから、きっと心配しているだろう仕事のことを話しつつ部屋に入ると要はいなかった。  テレビはついてなかった。 「要?」  キッチンにもいない。こっちは電気がついてない。  寝室で寝てるのか? けど、あいつ、節電節電ってクソ真面目だから、リビングの電気をつけっぱなしで寝るなんてこと、しないだろ? 「……要っ?」  リビングは特に乱れた様子はなかった。何か、箱があったけど。今朝はなかったはずのその箱は潰してテーブルに置いてあった。あとは再利用の資源ごみのボックスに入れるだけになっている。だから箱から中身を出して、潰してここに置いておくくらいのことはできたってことだ。 「おい、要?」  玄関には要の革靴が綺麗に揃えられていた。なら、帰ってきた時はそこまで体調を崩してなかったってことになる。急に体調が悪化したのか? 「要!」  それとも、何か、あったのか?  強盗?  その単語一つに、指先が凍りつきそうになる。でも、部屋に鍵はかかってたぞ。それなら強盗はないだろ。じゃあ、なんでっ。 「要っ!」  何が。 「かなっ……」 「あっ……っ」  要は常に俺の斜め上を行く。  もしくはあの山下の車中でやったおかしな御祈祷が効きすぎた、とか? まぁ、それはないか。山下だもんな。  要だからな。  常に俺の斜め上を行くから。 「要?」  ドーン、っつって、思い切り。 「……ン、ど、しよ」  たまに音速くらいの速さで、ビューンっつって、ものすごい勢いで。 「たかおぉ……ど、したら、いいんだ、俺、おかしくなっ……ン」  まさにさ。  何がどうしてこうなった、ってやつだ。 「助けて……たかおぉ」  帰ってきたら、クソがつくほど真面目な恋人が、風邪を引いていたはずなのに、半裸でなんでか。 「たかおぉ……」  俺の枕をぎゅっと抱き締めながら、甘い声を溢して……欲情してた。

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