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課長はレース派編 2 あぁ、もぉ、クソ

 ほんの出来心だったんだ。  ――俺はあの総レースのだな。  なんとなく、そう言ってみただけ。  二人で夜にやっていたバラエティを見ながら酒飲んでた。タレントたちが人気の下着を紹介してくっていうなんともあれな番組。けど、仕事で疲れて、ぼんやり眺めてたいような時にはちょうど良くて。二人で他愛のない話をしながら観てたんだ。  そして、少し酔っ払ってたんだろう要がどの下着が一番好みかって訊くから。  そう答えた。  別にどの下着だって、どうでもいいけど、俺の思考の斜め上をいつでも行く要なら、そう言ったら、もしかして、もしかしたら履いたりしたり……しないかなぁなんて考えた、だけだったんだ。  休日のちょっとしたお楽しみに、なんて、なったりしないかなぁって。 「おい! 山下! こっちの見積り、あと五パーセントどっか削れ!」 「えぇ?」  そう思ったんだ。 「あ、あの、課長は?」 「外出からの直帰だっ」 「は、はひぃぃ」  無理だろ。 「山下」 「は、はいぃ!」  あんなエロいの職場にいたら俺の理性が持たないっつうの。あのままトイレで襲わなかった俺の理性がすげぇ。本当に。マジで。 「荒井、昨日の会議の議事録もう書いたか?」 「え、あ、まだですけど」 「じゃあ、俺がする」  総レースが見たいなんて思惑があったけど。 「あとは、メールの返信と」  けど、まさか「パンツの日」にそれを実行するなんて思わねぇだろうが。  平日、ど真ん中の火曜日に。 「そんで、新規顧客のところに……」  スーツの下にそれを。 「あと、アポの確認して」  履いてくるとか。 「それから……」  思わねぇだろ! フツー! 「くそっもうあと三十分で帰るぞ!」 「え、え、えぇぇ、けど、まだ仕事がぁ」  そうもなるだろうが。あんな真っ赤な顔して、ちら見しただけだけど、総レースのどエロい下着をスーツの下にとか。 「うるせぇ! 山下」 「鬼、庄司さんんんんんっ花織課長みたいだー」  頭の血管ブチ切れるだろうが。クソ。 「あと。二十五分!」  そして一刻も早く帰りたい俺の怒涛の仕事ぶりに気圧される山下の悲鳴がオフィスには響き渡っていた。  もうなんも考えてない。  ものすごい勢いで仕事を片付けて、ものすごい勢いで会社を出た。  頭の中は「あぁ、もうっ、クソ」っていう意味が全くない呟きをただ繰り返してるだけ。とにかく急いで、とにかく先に帰らせた要のことで頭の中はいっぱいだった。電車もNGにして、タクシーの押し込んで帰らせたんだ。あんなエロいまんまで電車乗せられないだろ。タクシーだってギリギリだ。ギリギリそこは譲歩しただけ。仕事だけは片付けないといけないから、そこだけ必死にやって必死に残業三十分っていう時間短縮を成し遂げてからクソ急いで帰りを――。 「あ、高雄」 「…………」  だから、どうしてそう俺の斜め上を。  なんでここにいるんだよ。自宅までタクシーで帰っただろうが。なのに、今、遭遇したのは駅から自宅のあるマンションまでの帰り道。 「おかえり。すごい偶然だな」  は? って、なった。 「…………タクシー」 「あ、あぁ、家まで乗って帰ってきたんだが。今日、帰り際に仕事を全部お願いしてしまっただろう? なんだか、俺の仕事全部のフォローを高雄はできるんだなぁと思って、あ、いや、山下たちもすごいと思う。彼らにも明日、お礼に何か買っていこう。お昼を奢るとかがいいかもしれない。喜ぶかな。すごくないか? 俺が赴任した時はまだあれこれ口出さないといけなかったのに。そして、とにかく、高雄にとても感心してだな。ちょっと高いお酒とお刺身を買ってあげたくて、スーパーに。そしたら、お刺身が割引になっていたんだ。とってもラッ」 「何してんだ、家で」 「キーって」  要がパッと顔を上げて、キュッと唇を噛み締めて、そしてまた俯いた。 「だって、家にいると、その……思い出して、しまうというか、意識して……しまうから」 「……」 「何かしてると気が紛れるし。さっきも帰りのタクシーで運転手さんと話をしていたら、気が紛れて。だから、その……」  要が頬を染めて、その手にはいつも使っている要チョイスの少しダサいセンス爆発なエコバック。そしてスーツの下には総レース。 「じゃないと、ムラムラ……してしまう、から」  ほら、また俺は頭の中で呟いた。 「……それ、貸せよ」 「え? あ、あの、た、高雄? 急に、あの、これくらい自分で持てる、から」  あぁ、もう、クソって。 「いーから! 早歩きするから。転ぶだろうが」  意味の全くない呟きを頭の中で。 「帰るぞ」 「ぁ……あぁ、うん。帰る」  また呟いて、要の手を引いて、すげぇ急いで帰る。  急いで、大急ぎで。とにかく家路をクソ急いでる。 「……」  要はそのまま何も言わず、ただ俺の手をぎゅっと握っていた。かなり早く歩く俺からはぐれてしまわないよう離さないようにって、しっかり掴まる要の指先はいつも以上に熱くて。 「高雄」  俺の名前を呼ぶ切なげな声と、その熱と、強く掴む指先に、また、あぁ、もう、クソって、うちに辿り着くまでの間に。何度も何度も、頭の中で呟いていた。

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