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ホワイトバレンタイン編 4 俺は完璧
――今回のコンペ、庄司の出してくれたプランを持っていこうと思う。
そう言ってもらえたの、かなり嬉しかったんだ。
だからかなり気合入れてたし、ちょっと根詰めすぎとは思いつつ、けど、任せてもらえたんだと、全力で、全身で、取り組んでいた。
準備はしっかりやり切った。
足りないと悔やむことは一つもなかった。
やれることは全部やった。
「ふぅ」
あとは、まぁ、判断待ち、だ。
「うわあああん、俺、俺、四回噛んじゃいましたよ」
「五回噛んでたぞ」
「んぎゃああああ、もうそれ数えるのすらテンパってました」
山下が頭をくっしゃくしゃにした。半泣き顔で隣を歩きながら、今度はガックリと肩を落としている。
「気にすんな。アシスタントのフォローが噛みまくってたから、ってだけで落とすようなら、ここで通ったところで、だよ。企画で通してもらうもんだろ」
「ですけどぉ」
「平気だよ。やれることは全部やったんだ」
「……そう、っす……ぅ」
でも、まぁ、これでとりあえずは、一旦、完了だ。
「ほら、今日は直帰だろ」
「はい!」
「そこで元気になるなよ」
「えへへ」
「またスッチーと飲み会か?」
「あ! 庄司先輩も来ます? 先輩来たら」
「ばーか」
「ですよね」
「あぁ」
今日は、バレンタインだからな。
「にしても、バレンタインにコンペって、もう少し日にち、ずらして欲しいっすよね」
「そうか? そのほうが直帰できるからチョコもらえないのが露呈しなくていいんじゃないか?」
「んぎゃー! 俺だって一つくらいもらえますよ!」
「……」
「た、多分」
多分? と、首を傾げて見せると、山下が、チョコ山ほどもらえる敏腕営業マンになりますって、言って、それを通りすがりの若い女性に笑われていた。
今日はコンペ後、そのまま直帰の予定になっていた。
要は……会議が入ってるから遅くなるかもな。確か、品質保証部との会議だったはず。うちの品質保証部厳しいからな。コストカットも考えなくちゃいけない営業と、コストカットよりも品質保持、保証、管理を重んじる向こうとは、よく会議が長引くことがある。
どっちも会社への貢献を考えるからこそ引けない部分があるから。
「……ただいま」
けど、鍵を開けると玄関は明るく照明が灯っていた。
「……」
そして、綺麗に揃えられたブラックの艶めく革靴が一足。
今日、要が履いていた靴だ。
それから、ほのかに感じる、人のいる部屋の穏やかな温かみ。
「高雄!」
飛び出すように出てきたのは柔らかい栗色の髪をした人。
「お疲れ様」
「……あ、あぁ……ただいま」
「外、寒かっただろ」
「……いや」
「今日はすき焼きにしたぞー。お肉は奮発してしまった!」
「……今日、会議だったんじゃ」
「あぁ、事前にメールで打ち合わせして、早めに終わるようにしておいたんだ。だって、今日は大事な日だろう? 定時で帰って、おかえりって言いたくて」
「……」
会社では結構厳しいところもあって、今回のコンペを任された俺は、嬉しい反面、少しビビったんだ。「任せる」とこの人に言ってもらえた誇りと、プレッシャーは半端なくて。任されたってことは、さ。もしも俺がこれ落としたら、結構でかい大穴を開けることになる。それはつまり鬼の花織課長が判断を間違えたってことでもあって。この人の評価にだって直結する判断ミスになりかねないわけで。
だから、落とすわけにはいかなかった。
きっと貴方は俺たちがどんなミスをしたって、どんまいだと言って笑って、周囲に頭下げまくってくれる。それが上司である自分の仕事だと言って。
そんな貴方の役に立てる男になりたかった。
そう思う反面、さ。
恋人としてはそれは情けないんじゃないかって。未熟すぎるんじゃないかって、思ったりもして。
結構気張ってた。
「……おかえり」
「……ただいま」
抱き締めると柔らかくて、気持ちがほわりとほぐれてく。
「お腹は空いていないか?」
「……」
「高雄?」
「……っぷ」
「? な、どうした? 何か変だったか? ちゃんと会議なら終わらせたぞ?」
「いや、そうじゃなくて」
すげぇな。
「なんかかなり緊張してた」
「それはそうだろう? 全部、任せたんだ」
「あぁ、ありがと」
「……」
貴方を抱きしめた途端さ。
「すき焼きの匂いか」
「?」
「要から美味そうな匂いがする」
「ふふふ。それはよかった」
緊張がふわりと解ける。
「じゃあ、ご飯にしよう! すき焼き! 生卵も奮発して、一つ、百円もしたんだぞ」
「たっか」
「そうなんだ」
貴方を抱きしめただけでホッとできる。
「要」
「?」
「ありがとうな」
貴方に似合う男になりたいと思う。優秀で有能な貴方に釣り合える男に。
「ふふ……」
その綺麗な笑顔をいつまでも独り占めにできる男になりたいと本当に思うよ。
「そうだ。山下は大丈夫だったか? 今日出かける前に胃薬飲んでたが」
「今日五回噛んだ」
「あははは。ベロ、大丈夫だったのか?」
「落ちたらあいつのせいだ」
「大丈夫だ」
「……」
「高雄のあの企画は素晴らしかったし、すごくしっかり取り組んでいたのだから」
少し、不安だったんだ。
やれることは全部やったし、足りないものなんて一つもなかった。完璧。そう言える。けれどどこかに、本当に? と、言いたがる小さな俺がいたのに。
「大丈夫だよ」
「あぁ、だな」
貴方が笑ってそう言ってくれるだけで、最強になれる気がするよ。
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