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ホワイトバレンタイン編 8 ワレワレハウチュウジンダ

 コンペは大成功。うちの社の大勝利で終わった。  まぁ、そうだろ。だって、うちの課、俺が思うに最強だし。 「これは本当に会社の命運も左右する大きな仕事になると思う。本当によく頑張ってくれた。庄司と、それからアシスタントに入ってくれた山下には、お疲れ様……と言いたいところだが、ここからはこのプロジェクトの主軸として頑張ってもらいたい」 「ありがとうございます」  鬼の花織課長からの労いの言葉に、俺と、それから山下も、ふぅ、と自然と胸に空気を吸い込んだ。 「うわあああ、すごいっす。お疲れ様です」 「あぁ、山下も資料作成ありがとう。助かった」 「うおー! これからも資料作成頑張ります!」 「あと説明の時に噛むの直せ」 「うぐっ」  噛みすぎだろってくらいに噛んでたからな。ほら、今も。 「これでしばらく残業なしですね。やったぁ」 「荒井もお疲れ様、色々、庄司と山下のフォローをしてくれていた。ありがとう」 「いえ! このお礼は高級チョコでかまいません! ね? 山下くん。スケジュール大穴開けそうだったの、私、フォローしたもんね」 「へ?」  そうでしたっけ? って、顔をして、しかもバレンタインって女子から男子になのでは、なんて今時、そんなことを当たり前のように言ってたら。 「はぁぁぁ?」  どつかれるぞ。ほら。 「んぎゃ」  どつかれた。  なぜかもらえる自信がいまだにあったのか。バレンタイン当日でもない、むしろそのイベントは昨日で終了している中、一人で期待して、一人で落胆している。って、お前、この間の「スッチー」との飲み会はどうなったんだよ、とは、今のチョコ食べたかったと半泣きの顔を見れば聞かなくても、な。飲み会の結果は一目瞭然だ。 「じゃ、じゃあ、ほら、山下君も、荒井さんも、バレンタインの代わりと、それからコンペ勝利でパッとお祝いに」 「そうっすね。ありがとうございます」  そう提案してくれたのは、うちの課のベテラン先輩。いつでも朗らか、平坦なメンタルキープっていう、意外に難しいスキルを持つこの人が、にこやかに、いつも開いてるのか閉じてるのかわからない目をもっと細めて、穏やかに笑っている。  そして急遽決まった飲み会決行に、奥さんに今週末は夕飯は要らないですと連絡をしに行ったんだろう。いそいそと、スマホを持って廊下へと一旦出て行った。かなりの愛妻家、なんだそうだ。見たことはないけど、定期ケースに奥さんと子どもの写真が入っていて、その奥さんがかなりの美人だと――。 「庄司」 「……はい」 「お疲れ様」 「いえ、こんなでかい仕事、全部を俺に任せてくださりありがとうございました」 「最初から安心していたよ。庄司ならできるって」 「……ありがとうございます」  ちょっと、やばかった。感動して、柄にもなく声震えそうになった。 「さ、コンペの結果報告はこれで終いだ。仕事再開」 「「はーい」」 「はい」 「それじゃあ、課長、私はこのまま打ち合わせに出かけます」 「あ、はい。お疲れ様です」  山下と荒井が元気に返事をした。この二人は案外気が合うんだよな、と呟いたらきっとほぼ同時にハモリながら、ありえませんって答えそうな二人。  ベテラン先輩は愛妻への週末の予定を報告が終わると、忙しく、打ち合わせに出かける。特に役職に就くことなく、本人も出世するような器じゃないからとよく言ってるけれど、淡々と営業の仕事をしているその姿勢が顧客からの信頼はどの役職の人よりも分厚い。あの人から頼まれたからねと、融通を利かせてもらったことは一度や二度じゃない。  それから俺。  自分で言うのもなんだけど、一応、オールマイティーなエース、かな。  チームとして結構よくまとまってると思うんだ。そんなチームのトップには。 「あ、花織課長」 「あぁ」  我が営業部では「鬼の」なんて言われてる頭脳明晰、優秀、有能、敏腕課長が鎮座する。 「そうだ。庄司」 「はい」 「コンペ、終わった直後で悪いんだが、この計画書、もう少し練り直しだ」 「……はい」 「宜しく頼む」  うちの敏腕課長は。 「要」 「あ“あ“、どうかしだのが?」 「この前、ハマってみてたドラマ、またオンデマンド配信始まってるけど、見る?」 「え“え“! 見るる“る“る“」 「……それ、気に入った?」 「う“ん“」  バレンタインにあげたマッサージ機が大のお気に入りらしく、よく使ってるんだけど。 「あ“あ“あ“あ“あ“」 「っぷ」 「あ“あ“あ“あ“」 「それ、声出すの、必須なのか?」 「でで、じまうんだ」  どうしてもマッサージしながら声が出るらしく。濁音だらけで喋っては、スッキリしたとあどけなく笑う。鬼どころか、髪からつま先まで丸ごと「可愛い」っていう成分でできてる気がする人で。 「肩が一番凝ってる?」 「ん“ん“ん“ずっと、最近、デスクワークがお“お”かったから」 「あぁ、じゃあ」 「?」 「俺がマッサージしようか?」 「! ぜびびび」 「どっち?」 「?」  そう尋ねられて、首を傾げてる。 「甘いのと、癒しの、どっちがいい?」  と、聞き返したら。 「え“え“え“、それは……え“え“え“」  案外、素直に甘いのを欲しがる、気持ちいいことが好きな、エロい人だ。 「え“え“え“」 「なぁ、要、それで、我々は宇宙人だって言ってみて」 「? 我々は宇宙人だ」 「っぷは。真面目かよ」 「ま“し“め“だ、だ、だ、だ、だ」  リクエストにはちゃんと応えようと、その時だけ意図に反して、マッサージを止めて、しっかりはっきりそう言ってみせる、可愛くて、おかしくて。けどこの人がいれば最強って思える。そんな人が。 「あ“あ”ぁ“ぁ”」  マッサージに癒されながら、今日も俺の予想の斜め上を突き抜けていくんだ。

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