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第27話 仕事納め、恋、納まらず
今年最後、仕事納め。でも、毎年、営業は最後の最後までバタバタしている。そういうもんだと思っていた。残業当たり前、いつでも帰りは最終組。
「去年の仕事納めってこんなでしたっけ?」
荒井さんがぽつりと呟いて、営業の全員がそれを一斉に否定した。毎年、この仕事納めの日は朝からバッタバタなのが通例だった。年明けの仕事のことだけじゃなく、今年、っつうか、当日までギリギリ納品できるかどうかを走り回って確認して、仕事なんていっこうに納まる気配がなくて。
もちろん大掃除なんてしている暇もない。デスクの上は朝と変わらず雑然としたまま、翌年の仕事始めには初々しい気持ちなんて皆無で仕事が即できる状態になっていた。でも今年はしっかり大掃除ができた。
荒井さんは書類も全部綺麗に整理し終わり、それ、飾り? ってくらいに点々と貼られていたポストイットを全て撤去しすっきりした液晶を見つめながら、のんびりと今年最後のメールチェックをしていた。
「もう、一年だっけ?」
「はい! 一年です! で、去年、仕事納めの後デートだったんで早く終わらないかなぁって思ってたんです。同じ彼女持ちだったのに庄司さんがのんびりしてたの覚えてます」
「そうだっけ?」
「すっごい可愛い美人な彼女さん、別れちゃったんですよね」
そう、って頷くと、そっかぁ、なんて言っていた。ホント、今年はすげぇ早く仕事が納まったな。こんな世間話、去年まではしてる暇もなかったのに。でもそれが通例行事だから焦ることも慌てることもなく、アフターファイブは諦めてた。
「今年はよかったね、デートできそうじゃん」
「ですねー!」
荒井さんにニッコリと微笑みながら、俺はパソコンの最終確認。メールチェックも済んだし、やらないといけない仕事はもう全てキレイに片付いてる。
「庄司さんは今年、どっか行くんですか? デートとか!」
「……さぁ、どうだろ」
「え? まさか!」
去年とは違う仕事納め。去年とは違う、この後の予定。それと、今の気持ち。
「なんか……嬉しそうです……」
じっとこっちを見つめる荒井さんに今年最後の営業スマイルを向けて、パソコンの主電源をオフにした。
「あ! 花織課長!」
もうパソコンはオフ、仕事もオフ。そして、この後の一週間のことを思って、こっそりと、でも荒井さん以上にはしゃいでいる。それが今年の、仕事納め。
彼女の声に振り返ると、この後の一週間を一緒に過ごすことになっている相手が、要がいた。
――帰省とかすんの?
――するつもりだったんだが……その、早く帰って来ようかと。
そう話す要に内心すっげぇはしゃいでた。
「ゴミ、あとはないか?」
あ、何してんだ、あの人、眼鏡外してやがる。シャツの袖を捲くって、自分のところの掃除が終わるやいなや、この部屋のあっちこっちもついでだからと、課長のくせに動き回って掃除しまくる。だから、部下である俺たちはのんびりしているわけにもいかなくて、あっちこっちをいっせいに掃除しまくった結果、定時よりも一時間早く掃除が終わった。
なのに、どこでゴミを持ってきたのか、一袋にけっこう詰め込んで重そうに運んでいた。
「俺、捨ててきます」
「!」
そこで顔真っ赤にするとか反則だから。動き回っているせいで熱くて赤いんだと思われるだろうけどさ。
「あ、庄司」
「もうそれぞれ掃除終わってます」
「あ、あぁ」
袋を奪うように掴んで、俺たち以外には聞こえないようにコソコソ話をする。
「それと、眼鏡しないと危ないですよ」
花織課長にそんなことを言える奴なんていない。彼氏である俺くらいのもん。でも、男同士での社内恋愛、しかも上司と部下だから内緒の話だ。
「ゴミ捨て行って来ます」
「あ、あぁ、宜しく」
耳まで真っ赤。だから、顔を上げた時、ものすごく不機嫌そうな顔をしていた。その顔を見て、きっと背後でのんびりとメールチェックをしていた荒井さんは浅く腰掛けていた椅子に座り直して、一生懸命にメールを確認し始めたかもしれない。ガタガタッって音がしたから。
花織課長は眼鏡をしている。
でも、実はそんなに目が悪いわけじゃない。要のこれは外界との距離を取ることも兼ねているシャッターみたいな眼鏡。仕事で急いでいる時なんかは邪魔になるのか外していることがある。今もゴミを掻き集めまくるのに邪魔だったんだろう。外していた。
眼鏡ないと、綺麗は瞳が丸見えだから、できるだけ忘れて欲しくないんだ、なんて自分でも苦笑いが零れるくらい、去年の自分とは全然違っていた。
今年一年、お疲れ様でした。来年も宜しくお願い致します。どうぞ、良いお年をお迎えください。そんな挨拶をして、それぞれがこのあと一週間近くある休暇を思って足取り軽く帰っていった。
「……お疲れ様」
「どこか店に入っていればいいのに」
要は課長だから、俺たち部下とは違って、仕事納めの後に各課長が集まってのミーティングに出席。俺はそれが終わるのを外で待っていた。
「寒かっただろ?」
「別に」
見たかったんだ。俺がプレゼントした深緑のストールを巻いてる要を。
「風邪引くぞ」
見たかったのに、俺が外で待っていると知ったその人は駆け寄って、慌てて、ストールを俺の首に巻いてしまう。あんたの白い首はむき出しになると横で見ているほうが寒いし、無防備すぎて目の毒だから隠して欲しくてプレゼントしたっつうのに、なんで俺に巻くんだよ。あんたがしろよ。
風邪引くって心配してくれんなら、あんたが身体で温めてくれよ、って言ってからかいたかったのに。
「ほ、本当に良いのか?」
「は?」
そう言ってからかったらきっと真っ赤になって楽しいと思ったのに。
「さっき、話してた。その」
眼鏡しててもダダ漏れだな。
「彼女、去年は女性と年末年始一緒だったんだろう? 俺は」
美人で可愛い? あんたこそ、それがぴったり当てはまるだろ。
「楽しみにしてんだけど」
「え?」
「俺、実家には元旦ちょっと顔を出せばいい。姪っ子甥っ子わんさかだからお年玉ばら撒いて任務終了」
すげぇ綺麗な人が呼吸困難ギリギリで全力疾走で駆けてきて、鼻の頭真っ赤にしてるのに見惚れて、からかうのも忘れるのに、年越しに自分といてもいいのか? なんて訊くなよな。
「だから、年越しのカウントダウンも正月の初詣も、あんたと行けるって楽しみにしてる」
「!」
あんたがいい。誰でもない。要と過ごしたい。ずっと、ずっと、そう思いながら、きっと営業課の誰よりも張り切って大掃除してたんだから。
「俺も!」
「要?」
「俺も! その……高雄とその、色々したくて、掃除張り切っていたんだ」
本当に天然だ。すげぇ張り切って掃除していたのも、本人は無自覚で、今抱き締めたいのを必死に堪えている俺を煽るように「色々したい」なんて呟くのも、全部がツボすぎて、なんかやっぱりはしゃいでる。
「なっ! なんで、押すんだ!」
はしゃぎすぎて、じっとしていられなくて、この人の眉間を指でぎゅっと押していた。
「なんとなく」
「!」
ぎゅっと押されて、要が慌てて眉間を押さえて、それが可愛くて笑ってた。
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