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第30話 浮気?

 正月に帰省は面倒なままだった。あの人といると面倒だと思うことがひとつもないから、俺の、このめんどくさがりな性格が治ったのかと思った。  日本列島を寒波が襲っている元日はお互いに帰省だっつうのに、それを強行で日帰りにして、駅で待ち合わせてから、一緒に歩いて俺のうちに来て、泊まっていくとかめんどくさいだろ。家で待ってりゃいいのに、駅で迎えたかった。要を待っていたくて、スマホでいくらでも連絡を取り合えるこの時代に待ち合わせなんてしてる。 ――俺のほうは十一時すぎに駅に着くと思う。  十一時か、けっこう遅くなるな。って、そりゃそうだ。要も実家に新年の挨拶しに帰ってるんだから。俺と違って、きっと真面目に挨拶してくるんだろ。寄ってくる甥っ子姪っ子の分のお年玉をちゃんと渡して、挨拶して、酒は飲めないからシラフのまま接待みたいに真面目にしてそうだ。  要からのメッセージを確認して、俺のほうが早いのならまぁいいかって。コンプレックスが原因で友達はいないから、実家にだけ顔を出すって言ってた。要の住んでいるところから特別快速の電車使って二時間半。向こうを出る時間を逆算すれば、戻ってこれるのはたしかにそのくらいかもな。  あの人がもしも俺よりも早く駅に着いていたら、絶対に外で待ってるだろうから。今日から新年、そんな元日は今シーズンで一番の冷え込みらしい。実家のテレビでも、寒波が来てるから、お参りに行く時はしっかり着込んでくださいって言っていた。  あと三時間くらい。  そしたら俺もそろそろ電車の時間を見ておいたほうが良さそうだ。要と違って、適当が一番の俺は実家に顔を出して姪っ子甥っ子にお年玉を配った後は、地元の飲み会に参加していた。 「あー! 庄司! お前、久しぶりに飲み会参加したと思ったら、もう抜けるのかよ!」  避難、というか、実家の挨拶地獄から抜け出す口実として、こっちに顔を出していた。どうしたって出てくる、あの二文字がすごく面倒だったんだ。 「あぁ、日帰りだからな」  同級生だった奴がへべれけに酔っ払って、思いっきり寄りかかってきた。もちろんそれを手で突っぱねて、スマホで電車の乗り継ぎを確認する。 「帰らせるかよー!」 「バカ! 溢すだろうが!」  スマホの画面を手で隠そうするのを押しのけると、ふらふらしてる。  駅で待ち合わせてるんだ。あの人、どっか抜けてるから、今日だって薄着だろ。天気予報確認しろっつうの。あ、っつうか、ちゃんとストール持っていったよな? 風邪とかすでに引いたりしてないだろうな。あと休暇は残り三日、その三日を寝込んで終わりとかになったら……ぁ、でも、まぁそれもいいかもな。弱った要とか、それはそれで絶対に楽しい気がする。熱でフラフラしてる要の看病とか、きっと楽しい。この、今隣にいる酔っ払いの面倒はごめんだが、あの人なら面倒どころか率先してやりてぇ。つうか、酔っ払ったあの人を介抱したのが俺たちの始まりだし。 「庄司君、もう帰るの?」  看病を面倒だとも思わず、正月休みが丸潰れになることも気にならない、なんてこと。 「あ、日帰りなんだ」  あるんだなって、自然と口元が綻んだところで、酔っ払いが退場して空いた席に美人が座った。 「……?」  肩のところで切りそろえられた真っ直ぐな髪に小さな頭、大きな瞳、に赤い口紅がよく似合う美人がいた。綺麗に手入れされてるんだろうストレートの髪が話す度に揺れて、女は口紅につかないよう、細く白い指でその髪を耳にかける。 「あは、わからないか。高校の時以来だもんね」  誰だ? こんな美人いたか? 「冬月(ふゆつき)だよ。覚えてない?」 「ふゆ……つき? ……あっ!」 「思い出した?」  高校三年の冬、席が隣になった女子の苗字が冬月だった。でも―― 「あはは、見た目変わった? あの時は眼鏡してたし、おとなしいグループだったから、あまり男子とも話したことなくて」  こんな美人じゃなかった。眼鏡が悪いわけじゃないんだろうが、地味でおとなしくて、真っ黒な髪が重たそうな女子、だった。それがものすごい変わってた。 「たしかに変わったな」 「ふふ、ありがと」  隣の席だったけど、ほとんど話したこともない。きっと数ヶ月隣の席にいたと思うけど、今、この一分二分で交わした会話のほうが、その数ヶ月よりも多いと思う。 「ごめんね。帰るところ」 「……いや」 「ちょくちょく帰って来てるの? 私はずっと地元なんだけど」  高校からの数年でこんなに変わるもんなんだなって。 「あ、もしよかったら、連絡先とか」 「あー、ごめん」  今、ちょうど電車の時刻を調べるために手に持っていたスマホ。でも、連絡先は、ビミョーだろ。 「あ、もしかして結婚してる?」  この二文字が前から面倒だった。たしかに、この飲み会の席にいる同級生のうち、何人かは結婚もしてたりするけど、人は人、だろ? それぞれ色々あっていいんじゃねぇ? なんてことを親戚に力説するのも面倒だからこそ、ここに避難してるっつうのに。ここでもその二文字が出てきた。 「んー、いやそうじゃないけど」  帰省はほぼしない。正月と、たまに盆に帰るくらいであとは特になし。それなのに地元に今も住んでいる彼女と連絡先を交換したところで何も繋がらないだろ。コンスタントに飲み会に参加するわけでもない俺がほぼ会話をしたことのない彼女と連絡を取り合う必要性はあまりない。  それでも連絡先を交換するとしたら、そこには単純な連絡事項のやり取りだけじゃない何かがあるわけだ。だから、スマホをしまった。 「……彼女、いるからさ」  本当は彼氏、になる。 「そうなんだ」 「ごめん。誤解させたくねぇんだわ」 「あ、うん、そうだよね」  あの人はけっこうヤキモチ妬きで、可愛い独占欲を無自覚に向けてくるから。余計なことで心配させたくない。無駄な疑いなんて持って欲しくない。あの人のむくれた顔はそんなことしなくてもいくらでも見られるから。だから、連絡先の交換はしたくない。 「それじゃ」  席を立って、幹事に会費を払い外に出ると、本当に寒かった。それなりに酔っ払っているはずなのに、アルコールで火照った頬が一瞬で冷えるくらいの北風に思わずダウンコードの襟に顔を埋めて防御した。  まさか、めんどくさがりの俺が日帰りで実家に戻って挨拶して、あの人が帰ってくるタイミングに合わせて帰るなんてな。  電車に二時間揺られながら、ずっとあの人のことを考えていた。呆れるくらい、考えていた。  元旦でも駅はそれなりに混んでいた。酔っ払いがけっこううろついていて、あの人がどこかで絡まれてやしないかと心配になってくる。普通にしてたら美人だから、酔った大バカがナンパでもしてるんじゃないかって。  まだ、十時。  あの人は真面目だから、十一時って言ったら、十一時五分前くらいに現れるだろう。それまで駅で出迎える準備っていうか、酔っ払ってるから自販機で緑茶でも買おうかと。 「……」  そう思って、でも、あの人が好きなコーンポタージュも一緒に買ったら喜ぶかもしれない。でもそしたら、今買うのは早いよなって考えて足が止まったら、見つけた。 「……」  名前を呼ぼうと思った。でも、コーンポタージュ好きな要は頬をピンク色に染めて、笑いながら、見知らぬ男と立ち話をしていた。

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