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鬼もヤキモチ編 3 同期のあいつは

 あっっんなに細いのに。  ――あ、あ、もう、らめっ、高雄っ、おかしくなるっ。  そう言って、あっっっんなに昨日の夜、乱れたのに。 「ほら、高雄、会社に戻ったら、クライアントからの要項まとめだ」 「は、はいっ」  なんで、俺より頑丈なんだよ。  マジで。まるで電車ですら、鬼の花織課長に恐れを成したんじゃないかと思うくらい、電車の乗り継ぎもスムーズな移動だった。電車は待たせることなく、鬼を乗せなければならないって法則でもあるんじゃないかって思うくらい、本当に、ホームに降り立った瞬間、電車が来てた。じゃないと、この時間の帰社なんて絶対に不可能なタイムスケジュールだったのに  しかも、午後三社も打ち合わせで外回りしておいて、なんで、一ミリもスーツが乱れてないんだっつうの。会社を出発した時と何一つ変わらない表情にスーツ姿で、颯爽と帰社した要の後ろで、若干、足にきてる俺は、一つ溜め息を零した。  さすが、鬼の――。 「庄司!」  フロントロビーに響き渡ったその声に、俺も、それから前を颯爽と歩く要も驚いて振り返った。もちろん、他の、ロビーにいた全員がその声に目を丸くして、視線を向けてる。 「庄司、久しぶりだな」  その視線の先にいたのは。 「…………あ?」  見覚えのない、男だった。 「覚えてないなんて、心外だなぁ」 「……仕方がないだろ。何年も前に海外に行った同期なんて」 「はは」  稲城(イナギ)は同期入社の一人だった。 「しかも一緒に仕事をしてたのは半年もなかっただろ」 「まぁな。俺、すぐに海外だったからな」 「……あぁ」  四月の入社の後、新卒は、三ヶ月の間、あっちこっちの部署を転々とし、適正を見極められた後、適材適所に派遣される。俺と、この稲城は同じ営業所属になった。他にも数人営業所属になったけど、その中でも海外への出向が叶ったのは稲城だけだった。 「あれは、運だよ」 「……」 「お前も、かなり高得点だったって聞いてる」 「……俺はそんな話知らない」  海外への出向には試験がある。語学力、それから総合的な経済学。要は、向こうに放っても、一人で会社のために有益な仕事ができるかどうか判断された者のみが海外組になれる。 「お前は、そういう根回しみたいなの苦手だったもんな」 「……」 「んで? 今、ここの営業?」 「あぁ」 「へぇ」  うちの会社は部門ごとに営業も分かれてる。海外向けの営業部ももちろんあるし、その海外向け営業部の中でもまた国ごとに細分化されていた。 「けっこう小規模だな」 「……あぁ」 「んでぇ? 噂の鬼課長は? すごいんだろ? さっき、ロビーで一緒に歩いてたのがそう? なんか、鬼っていうほど強そうじゃなかったけど。どこ行っちゃったわけ?」 「今、打ち合わせ中だ……それより、海外組のお前はこんなところで暇してていいのか?」 「いいのいいの。こっちの海外組は全然使えないから、なんていうか平和ボケしてるっていうかさ。クレバーじゃないっていうか。そもそも、受け身で面白くないんだよな。一緒に仕事してても」 「……」 「お前と仕事してた頃が懐かしいなぁって思ってさ」 「あいにく、俺は決算直前で、懐かしんでる暇がないんだ。早く」 「あー! 初めましてっ、私、荒井って言います! 京都の味噌おしるこキャンディーいります?」 「え? 味噌? おしるこ? え? キャンディー?」 「ちょ、おいっ、荒井っ」  どっから出てきたんだって素早さで俺と稲城の間に割り込むと、にっこりと笑いながら、稲城に、あの情報過多な飴玉を五つ、あの、荒井が、甘いものが大好きで今年のバレンタインには自分へのご褒美だと高級デパートの一粒何千円のチョコレートを買って、男性にチョコあげるという風習いらないだろうと、目の前で自分だけ食べてた、あの荒井が、京都限定の飴を五つも。 「あ、先輩、海外からすごい人が来てるって聞きました! 俺、英語教室にこの前行ったんですよー! シルバーウイークの地域でやってる交流教室で。ちょっと、英語で、ハアアイ!」 「おい! 山下!」  だから、お前もどっから湧いてきたんだ。  さささ、と言いながら稲城を営業フロアに連れ込もうとする二人を追いかけて。 「おい! そろそろ課長がっ」  戻ってきたら、何部外者入れてんだって言い出すぞと。 「何を騒いでるんだ」  言おうとしたのに。 「課長!」  逆に目立ってたし。 「あ、もしかして、営業部の花織課長、です?」 「? あぁ……君は……」 「初めまして。俺、海外営業部門の稲城と申します」 「あ、あぁ……ちょうだいします」 「いえいえぇ」  何、同じ会社内で名刺交換しようとしてんだ。 「課長、昨日回ったクライアントから伝言来てます。至急納期対応して欲しいみたいなんで」 「あぁ、そうか、わかった」  名刺なんて交換したら、と、差し出された名刺を俺が取り上げた。 「ほら、稲城」 「え、ちょっ、名刺」 「いらないだろ。同じ社内だ。経費削減」 「おいってば」  連絡取れるようになるだろうが。 「ほら、お前も暇してないで、自部署戻れよ」 「ちょ、おーい」 「今度、同期会開いてやるから」 「え? マジで?」 「あぁ」 「やったぁ、じゃあ、和食で」 「わかった」  まだ何か言ってる稲城をどうにか営業フロアから押し出し、エレベーターまで運んで行くと、海外営業部のあるフロアの階数ボタンを押した。 「じゃあな」 「はーい」  連絡、なんて。 「またな、庄司」 「……」  余計なことを言うに決まってる。 「あぁ、稲城」  要に、俺の昔を。 「じゃあな」  俺の、大したことのない、昔話を――。

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