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鬼もヤキモチ編 4 優秀な同期

 別にチャラチャラしてたってわけじゃない。  普通に大学卒業して、この会社に入って、普通には、してたけど。  でも、今ほどちゃんと先を見据えてたわけじゃないし、今ほどちゃんと一人のことを想ってたわけじゃなかったから。  そんな昔の俺を知ってるあいつには、あんまり――。 「えぇ? 稲城さんって、ポルトガル語も堪能なんですか?」 「まぁねー。クライアントが全部英語でいけるわけじゃないし、同僚も多国籍だからさ」 「多国籍、かっけえええ」 「あはは、言語はただのコミュニケーションツールだから」 「かっけええええええ」  あんまり、ここにいて欲しくないんだけど。 「かっっけええええええ!」 「おい、山下」 「かけ……あ! 先輩!」  山下、すげぇ懐いてるし 「あ、庄司さん、これ、昨日の、データ入力しときましたよ」 「あー、ありがと」  荒井がなんか張り切ってるし。髪、完璧にセットしてきてるし、心なしか、メイクも濃いめだし。 「はぁ……」 「グッモーニン、庄司」 「もうイブニングだろ」  まぁ、海外出航組はエリート街道だしな。  俺も、昔、その海外組に入りたかったっけ。 「稲城、こんなところで油売ってていいのか?」 「んー? 別にこっち来たのは仕事で戻ってきたとかじゃないからさ。それから、俺の歓迎会を明日開いてくれるらしいんだ。だから、庄司を誘いに来た」 「歓迎会の主役が自分で来る奴集めてんのか?」 「あはは。いや、庄司だけ」 「部署が違うだろ」 「けど、同期じゃんか」 「なぁ、来るだろ? そしたら仕事の邪魔しないし……って、すげぇなこんなでかい仕事任されてんだ?」 「……おい」  今、邪魔しないって言ってなかったか? と険しい顔をしてみたけれど、稲城はそもそもそういうのを全く気にするタチじゃない。怪訝な顔をしようが、ぐいっと顔を俺へ寄せて、液晶の画面を覗き込んでる。 「稲城、これ、納期設定緩くないか?」 「え? んー、ほら、ここ。こっちにして、んで、それを前倒しちゃえば、いけるだろ」 「ぁ、なるほどな」 「でしょでしょー。向こうだと納期設定甘くするとすぐダレるからさ。けっこうシビアに設定するクセが付いた。案外いけるよ、これで」  稲城はニコッと笑うと、少しクセのある明るい色の髪をかき上げた。 「んで、この資料はさぁ」 「あぁ」 「…………懐かしいな」 「?」 「ほら、入社してすぐに俺ら、営業に配属されただろ? みんな忙しそうで、レクチャー受けても、わかんないことだらけでさ」 「……あぁ」  二人でよく、これどうすんだっけ? とか、話し合って、なんとかこなしてたっけ。 「今、向こうでさ、まぁ大変なわけよ」 「……だろうな」 「そんな時は、よく庄司と組んで頑張ってたなぁって思い出すんだよね」 「……」 「あと、向こう行ったら、庄司、入れ食いだぞー? お前のみたいなクール系、すげぇモテるから」 「あのな、俺は」 「あの頃からお前はすごか、」 「おい、今、仕事中だぞ」 「おや、君は昨日の」 「「!」」  二人で飛び上がった。 「あ、お疲れ様です」  振り返ると要が、花織課長がノートパソコンを片手に持ちながら、戻ってきたところだった。 「工程管理部との打ち合わせどうでした?」 「んー、ちょっと、あれ以上の納期短縮は」 「そのことなんすけど」 「?」  今、調節してみたんですって言いながら、稲城と一緒に組んでみた新しい納期管理表を見せてみた。 「……うん。この納期で行ってみようか」 「はい」 「ありがとう。納期調整」 「いえ」  要はそう言って、わずかに目を細めて笑った。その後ろでは、また荒井と山下が稲城に海外での仕事ぶりを伺いたいと、その両脇を陣取っていた。 「明日は歓迎会、なんだろう?」 「……あー」 「稲城、くん、だっけか?」 「?」 「高雄の同期の」  要は華奢だ。スーツの時も後ろ姿なんて、思わず手が出そうになるくらい腰も背中も細くて。たまに無意識に、目で追いかけてる時がある。  けど、プライベートになると、そこに隙っていうポイントまでくっついてくるから、思わず、じゃなく手が出る。 「海外支店ではとても活躍していると、今日の上層会議でも話題になってた」 「……へぇ」  ほら、うなじなんて、そそられるくらいに白くて、唇をくっつけたくてたまらなくなる。 「明るくて、気さくで、山下たちもずいぶん懐いてたな」 「まぁね。一緒に仕事してた新人の頃もあんな感じだったっけ」 「そうなのか、って、こら、今、調理中だぞ」 「手伝いに来た。遅れてごめん」  買い物を頼んだのは自分だと要の優しい声が労ってくれる。 「牛乳」 「ありがとう。今日は肌寒いからクリームシチューにしたかったんだ」 「なるほど」  先にシャワー、浴びたのが、うなじにキスしながら、鼻先に触れる爽やかで清潔感のあるボディソープの香りで気がついた。 「ン」  要の弱い耳にキスをすると、小さく甘い吐息が溢れる。 「会議で話題に出たなら、稲城、はいつまでこっちにいるか、要、聞いた?」 「あっ……ちょっ、ン」  隙だらけのルームウエアの中に手を忍び込ませる。 「聞、いた」 「いつまで」 「あっ、今週いっぱい、らしい」  そっか。 「あっ、こら、クリームシチューに牛乳入れて、煮込まないとっ」 「じゃあ」  煮込んでる間、時間ある、そう呟いて。 「あっ……ンっ」  忍び込んだ手で、指で、胸にある小さな粒を捕まえた。 「あンっ」  そっか。あとじゃあ、数日か。  そんなことを考えながら、稲城と一緒に仕事をしてた頃には想像もしなかった、たった一人、大事なパートナーに、深く濃厚なキスをした。

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