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鬼もヤキモチ編 5 昔話

 昔は、稲城と毎週末、飲みに出かけてたっけ。  誘われることがその大半で、その飲み会で話が弾んだ相手と大体付き合って、別れて。また別の会話が弾んだ誰かと付き合って、また別れて。  取っ替え引っ替えっつうか。  本気じゃないっつうか。 「わっ、営業課の! 庄司さん、ですよね」 「えぇ、すみません。お邪魔しちゃって」 「全然ですよー」  懐かしいな、こういうノリ。 「稲城くんと同期って」 「えぇ、それもあって今日、呼んでもらって」 「どぞどぞ」  別に来る必要なかった。稲城と酒を飲みたいとかも今の俺にはないし。ただ、要が――。  ――そういう席に出るのは大事だぞ? 酒の席がコミュニケーションに、とまでは言わないが、縁は繋げておいて、損になることはないのだから。  そう言うから。  確かに、納期の短縮をする時は顧客のニーズに応える時にも他部署にツテがあるのとないのとじゃ、物事の進み具合が変わってくる。この席に出たからって、そういう業務面で有利にしてもらえる保証なんてないけど。これも、いつか、どこかで要の役に立つかもしれないのなら。  特にここは海外派遣部門だ。  優秀な人材というだけでなく、海外との商談が多いから。何かを融通してもらえるかも知れないと思ったんだ。 「庄司さんって、あの営業部なんですよね? 花織課長、って、大変そうですよね」  あの人の役に立てそうだから。 「色々話は聞くけど大変そうだなぁって」 「いえ。すごい上司です」 「ですよね。すごそう。営業の人は苦労してるんだろうなぁって」 「すごい尊敬してます」 「え?」  あの人に役に立てるならと、今日は参加することにしたんだ。 「すごい人ですよ」 「……」  あーあ、今頃、あの人、残業してるんだろうな。今日、俺がこの席に遅れることがないようにって、色々根回ししてくれたから、きっと、残務を一人でやってくれてる気がする。  いつもそうだ。  部下には早く帰れって言って、その部下たちの残した厄介な仕事は引き受けまくって。  今頃、あの人は……。 「俺も、営業課長とちょっと話したよ」 「稲城」 「美人だな」 「おいっ」  そこで周囲の驚く声に、俺の遮るような声はかき消された。  鬼なのにって、みんなが、稲城に次から次へ忠告してる。けど、稲城はそんなことなかったよ、なんて笑ってるばかりで。  気がつけば、話題はすり替わり、最近の海外事情について、になっていた。 「いやぁ、懐かしかったなぁ」 「……」  ふらりふらりと稲城が一歩、歩を進める度に、クセのある栗色の髪もふわりふわりと揺れてる 「昔はよくこうして毎週飲みに行ってたっけか」 「……あぁ」 「まぁ、帰りは、お互いに、別々だったけどな」 「……」 「女の子と一緒に帰ってたから」 「……」  ふわふわ、してたっけ。 「今はそういうのしないの? 庄司は」  稲城も、俺も。 「しないよ」 「……へぇ」 「昔はよくしてたじゃん」 「……」 「特定の子も作らなかったし、作っても、すぐに別れてたのに」 「……」 「戻ってきて、庄司の話をたまに聞くけど、全然、真面目でびっくりした」 「……」 「海外出航の希望者試験、受けてねぇの?」 「……」 「俺のすぐ後に、こっちに来ると思ったのに」  その翌年は試験を受けた。けど、落ちた。  その翌々年も受けた。けど、やっぱ、落ちて。  なんかな……って思って、足踏みしてたら。 「受けたけど、落ちたんだ」  要に出会った。 「けど、今なら受かるんじゃないか?」 「……どうだろうな」  同じく落ちるかもしれない。けど、今思えば、あの当時の俺じゃ、そりゃ受からないだろうって思う。どこか、冷めていて、どこか退屈で、どこにも芯がなかったように思えるから。もちろん、その当時はそんなこと思いもしなかったけど。今、思えば、だ。  海外で、しっかりとやってけるほどの、芯の強さはなかったと思う。 「受かっても、行かないけどな」 「……ちぇ」 「?」 「また一緒に仕事がしたいと思ったのにな」 「……」 「昔みたいに、一緒に仕事して、一緒に遊んで、楽しかったから」 「……」  そうだった、かな。楽しかったけど、ふわりふらりと楽しかったけど。 「今回戻ってきたのは、お前を海外に誘おうと思ったんだ。新しく作る工場を一緒に立ち上げていけたらと思ったんだけど」 「へぇ」 「夜の飲み歩きにも付き合ってもらえなさそうだから」  そうだな。夜はもう、飲み歩くことはなくなったな。 「やめとく」 「……悪いな」  そこで稲城が肩をすくめた。 「っていうか、お前、俺を海外に連れていこうとこっちに戻ってきたのか?」 「まぁな」 「暇」 「いやいや、だって、お前と飲みに行くと女の子釣れる率が高いんだよ」 「暇」 「俺の軽ーい感じと、お前のクールな感じの対比がさぁ」 「暇」  そこで稲城が大きく溜め息をついて、ふわふわしていた足をしっかりと踏みしめると、一つ、空高く腕を伸ばした。 「まぁ、仕方ないか」 「悪いな」 「俺もそろそろ落ち着くかなぁ」 「そうだな。頑張れ」 「……いや、俺の方が海外試験受かったんだから、優秀なんだぞ」 「そうだな」 「なんだよ。その余裕はぁ」 「そうだなぁ」  昔はよくこうして飲みに行ってたっけ。  ふわりふわり、ふらりふらりって。懐かしさに笑ったら、少し、秋風が首筋に触れてくすぐったかった。

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