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鬼もヤキモチ編 6 居眠り課長の胸の内

 ―― 今はそういうのしないの? 庄司は。  しない。  ―― 特定の子も作らなかったし、作っても、すぐに別れてたのに。  そうだな。特定、か。 「ただいま……要?」  帰宅すると、黒の革靴が綺麗に揃えられてた。一次会で退散したから、今、夜の九時過ぎ。流石に要も残業を終えて戻ってきていた。けど。 「要?」  返事がないし、テレビの音も聞こえない。じゃあ、もう寝た? にしてはリビングの方が明るいし。 「要」  もう一度名前を呼んでリビングに向かった。  やはりテレビも付けずに。 「……」  テーブルの上にはチューハイの缶と空になったグラスがあった。  晩酌してたのか。珍しいな。普段は飲まないのに。だから、酒も飲む時に買ってくるだけで置いてはいないから、わざわざ買ってきて――。 「おかえり、早かったな」 「要」 「もう少し遅くなるかと思った」 「つーか、そんな薄着でソファでうたた寝してると風邪引くぞ」 「ン」  ルームウエアだけで毛布もかけずに、酒飲んで酔っ払って寝て風邪ひいたなんて、鬼の花織課長にしては珍しくて驚かれるなって笑いながら、空いたグラスと、少しだけ残ってたチューハイの残りを一気に飲んだ。  要は少し酔っているのか、セットをしていないとサラサラ過ぎて目元に入ってしまう前髪に目を伏せながら、唇をキュッと結んでる。 「珍しいな。一人酒飲んでたなんて」 「ん……」 「つまみは? つうか、夕食は?」 「山下と食べた」 「……なんだ、じゃあ、俺もそっちに出ればよかった」  山下と、なら、会社近くの和食家かな。あそこの煮魚が美味いって話をしたら、山下が言ってみたいって騒いでたから。今日、そこに連れて行ってやったのかも知れない。 「俺の残務もやってくれたし、ごめん。マジで、歓迎会断ればよかったよ」 「それは、ダメだろう。同期なんだし、せっかく誘ってもらったのに」  せっかく誘ってもらったとしても、俺はやっぱり要を取るんだ。  グラスを洗って、空いた缶をゆすぐと、ネクタイを緩めた。 「……海外」 「?」 「言われなかったか? その……なんというか」  要がソファの上でひざを抱えながら、その腕の中でゴニョゴニョと言いにくそうに言葉を口にする。何? と聞き返すと、酔っ払ってるのかうなじまで赤い顔を腕の中へ半分隠して、キュッと眉を寄せた。 「稲城くんに、海外へ一緒に来ないかって。その、高雄もずっと行きたくて、試験受けてたんだろう? 俺は知らなくて」  あー、そっか。 「多分、今の高雄ならむしろこちらから頼みたいって言われた、ぞ」  へぇ、すごいな。俺のことかってくれてるのか。 「そ、それでっ、だから」  あー、もう。マジで、さ。 「でもっ、えっと」  この人が珍しく酒を飲んでた理由。  疲れてるし、酒飲んだし、眠いのに、それでも寝ずにソファにいた理由。  それから、今、どうしたものかと困った顔をする理由。 「稲城に海外への出向、推薦するって、誘われた」 「!」 「断ったけど」 「……ぁ」  そこでほっとした顔するんだな。って、されないのはイヤだけど。 「でも、行きたかったんだろう? ちょっと、人事の課長が教えてくれたんだ。その、入社して間もない時に何度か海外出向の試験を受けてたって」 「あー、マジか」 「……」 「落ちた。かっこ悪」 「そんなことはっ」  うたた寝から起きて、ずっと膝を抱えていた腕を解いて身を乗り出してくれる。  山下も、荒井も、会社の誰一人だって想像しないだろうな。あの花織課長が膝を抱える姿なんて。 「まぁ、今、思えば受からないだろうし。受からなくてよかったって思ってるよ」 「……」 「海外に行ってたら要に出会えてない」 「!」  ―― 今はそういうのしないの? 庄司は。  するわけないだろ。他を見る暇なんてない。俺の目の前には、いつだって俺の斜め上なことしかしない恋人がいるんだ。目、離したりなんてできるわけがない。  ―― 特定の子も作らなかったし、作っても、すぐに別れてたのに。  特定、じゃない。 「それより」  特別な人、ができたんだ。 「珍しく酒飲んだり、山下と飯食ったり、何かあった?」 「! こ、これはっ」  落ち着かなくて、一人じゃ待ってられなくて、けれど、眠ることもできそうになかった理由。 「これは……その、海外に行きたかった高雄は誘われたらどう断るのか、気になって」 「……」 「あ、いやっ、うん。その、成長するのはとても大事だ。うん。すごいことだし。海外出向組になれたら、それは素晴らしいと思うし。試験も頑張って欲しいと思う」  貴方はいつだって俺の斜め上を行く。 「応援してる。そのっ、馴れ合うばかりの関係というのは良くない。未来も一緒に歩むなら、やはり成長というものを重んじるべきと思う」  いつだって、俺の予想外なことをする。 「けれど」 「……」 「正しいのは、応援すること、だとわかっているけれど 「……」 「やっぱり一緒にいたいなと思ったんだ。離れたくないなぁと」  ほら、今だって、やっぱり俺の斜め上を行くんだ。どんな要らしいことを言うのだろうと、言葉を待っていた俺に、どんなことがあっても一緒にいるから、それは譲れないからと言うつもりだった俺に。 「海外行きたいと言われたら、どうやってついていこうか、考えて、けれどやっぱり難しいだろうかと、考え込んでたら、居眠りしてしまって」  一番期待していた言葉を、そのままくれる。斜め上をいかず、まっすぐそのままに、っていう、俺の予想になかったことをする斜めを行くんだ。 「つまりは、その」 「……」 「ずっと一緒にいたいんだ」  いつだって、この人は俺の予想外なことばっかする、愛しい人なんだ。

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