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第33話 願ったよ。

「こんな時間になったじゃないかっ」  要がむくれてた。起きてすぐ、寝起きの要に欲情して止められなかった俺は、って言うか、俺たちは昼すぎまでベッドの中で抱き合っていた。初詣に行くっつうのに離れがたくて、息切らしてセックスして、なんだかんだで神社に到着したのがつい今しがた。  そして要は本当に頬を膨らませて、眉を吊り上げて、夕方の初詣に出かける前からずっと怒っている。よくそんなに膨れっ面を維持できるもんだと思うくらいずっと「プンスカ」って擬音が似合いそうな顔でギャンギャン騒がしい。  うるせぇけど、うるさくない。  面倒だけど、めんどくさくない。 「腹減ったな」  だから、わざとさっきから火に油を注ぎまくって、要の怒りテンションを高く維持してた。  少し突付くだけで敏感? 過剰? とにかく大きなリアクションが返ってくるのが楽しくて仕方ない。きっと本人にしてみたら、いちいち突付かれることのほうが面倒だろうけど、でも、楽しくてやめられない。 「俺も! 腹が空いた!」  だって、ほら、こんなふうに怒りながらでも律儀に返事をするなんておもしれぇじゃん。 「この後、何食う?」 「……」 「あー、俺、焼肉がいいかな」  今は怒りながら、何を食べようか考えてる。 「仕方ないだろ。要も悪い」 「なんで! 俺が! 悪いんだ!」  悪いだろ。あんなふうに全裸で丸まって寝てるとか、どんな美人猫の擬人化かと思ったっつうの。それだけじゃない。寝ぼけて俺の腕に絡み付いて甘えながら名前を呼ばれたりしたら、反応するに決まってるだろ。 「気持ち良さそうにしてたくせに」 「んな! あれは! そりゃ!」 「あ、もしかして、おねだり強要されたことに怒ってるとか?」 「バッ! バカか!」  夕方、まだ五時だっつうのにもう空は夜になっていた。それでもわかるほど顔を真っ赤にしながら、朝方から昼まで抱き合った時のことを思い出させた俺の口を塞ごうと手を伸ばした。 「さみぃ」  だから、その手を捕まえて、そのまま俺のポケットに仕舞い込む。そして、美人猫が人となったみたいに色気を振りまく要は口をパカッと開けて、たぶん、びっくりしすぎて、男同士でこんなところでこのスキンシップはダメだろうってところまで思考が到達していない。 「要の手って、あったかいよな。その手を背中に回されるとすげぇ気持ち良い」 「そ、そんなことない。俺は普通だ」  あんたのどこが普通なんだよ。 「……お前の手は」 「冷たい? する時」 「へ? 今か? ストール、このいただいたストールがあるから」  そっちじゃねぇよ。何天然で質問取り違えてんだ。背中に回されるとって、あんた、セックスで俺に突かれる時、喘ぎながら背中にしがみつくじゃん。それを話してんのに。本当にそういうとこが鈍い。よくそんなんで課長としてあれだけの仕事を平然とこなすよな。ふたりいたりして。要が、ふたり、花織課長と、花織課長そっくりな美人猫の人化したやつ。 「違う。俺に抱かれてる時の話」 「っ!」  今、猫の姿だったら、尻尾が倍以上の太さになっていたかもしれない。飛び上がって驚いて、ポケットの中で繋いでいる俺の手を思いっきり握り締めた。 「さみぃ?」  あんたのほうが断然体温が高いのは今朝もしっかり体感済みだ。 「さ、むく……ない、むしろ、熱くて気持ち良い」 「……へぇ、でも俺はあんたの中のほうが熱いと感じるけど」 「え? そうなのか?」  さっきまではあんなに不機嫌だったのに、今、膨れっ面どころか、この会話に素直に考えて話して、笑っている。でも、その内容がけっこうあれ、下ネタなのに、そういうとこ抜けてるっつうか天然なんだよな。自分はセックスが熱くて気持ちイイと感じている。それに対して俺はあんたこそ熱いって感じる。つまりはすごく温かくて気持ちイイんだと、嬉しそうに笑っている。ここが外で、人がたんまりいるとか、全然気にしてない。  だからさ、そんなんだから、朝っぱらから襲いたくなるんだろ。 「高雄は初詣毎年来てたのか?」  要は寒いのか鼻をわずかに鳴らしてから、その鼻先をストールの中に埋めて隠してしまう。 「あー、そうだな。気が向いたら」 「……そうか」  友達と、彼女と。でも、この人は―― 「今年は俺と来てくれて、ありがとう」 「……」  この人は俺と初詣に。 「あ、次だぞ、順番」  お参りするのに、ポケットに手を突っ込んだままは無理だから、手を離した。一礼二拍手、さすが「花織課長」は手を合わせた姿さえ綺麗でどこか近寄りがたい雰囲気さえ漂わせる。高貴な人、その言葉が一番しっくりくる立ち姿。  この人が初めて家族以外と一緒に訪れた初詣、その思い出には俺のことが残るんだろう。 ――今年は。  そう言っていた。 「高雄」 「んー?」 「夕飯、焼肉じゃなくて、しゃぶしゃぶがいい」 「は?」  何? ずっとそのこと考えてたのか? お参りが終わって、ふたりしておみくじを引いた時、ぽつりと答えられて、ズレすぎなタイミングに何の話かと思った。 「ほら、ここ」  見せてくれたくじの内容「油物は控えよ」っておみくじに書いてある。それを見て決めたのか? っていうか、すげぇ成人病予防に貢献してるおみくじだな。 「これ当たってると思うんだ」  その油物には注意って書かれたとこから右の隣、そこに書いてあった。 ――待ち人、来ます。大事にしましょう。とても良縁です。 「だから、油物は控えたほうがいい」  そう呟いて、要が嬉しそうに微笑んだ口元を俯いて隠しながら、木にくくりつけてる。 「神社は寒いな」  ストールから顔を出して、夜空を見上げながらの囁きと一緒に真っ白な溜め息が広がった。頬に刺さるように冷え切った空気が、一瞬だけ、要の吐息分だけ温まった気がする。 「でも、高雄といると温かい」 「……」 「ちっとも寒くない」  遅いって。あんたに寒いかって尋ねたのはお参りする前、列に並んでいる時だったんだ。質問したこっちが忘れてるほど。ホント、遅いタイミング。ズレてるし、ずっと怒ってたし。 「高雄は何をお願いしたんだ?」 「俺? 俺は……っつうか、要は?」 「んー?」  よく笑うし。ここに来るまでずっと膨れっ面だったのに、今、すげぇ上機嫌。 「今年、課長としてちゃんと営業課を仕切れますように」 「はぁ? 仕事のこと? ウソだろ」  企業でお参りに来ているわけでもないのに。どんだけ仕事熱心なんだよ。 「それと、家族が元気に過ごせますように。あ、高雄のご家族も、というか、お前はちゃんと家族のこと」 「んなの願わなくても、元気だよ、あの人たちは」  本当にあの人たちなら大丈夫だろ。孫の顔はいつ見れるのやらってぼやきをあと百年は聞かされそうだ。 「あとは……内緒だ」 「は? そのふたつ? もっとねぇの?」 「高雄は何を願ったんだ?」 「質問に質問で返すなよな」  あんたはさっき、今年は俺と初詣って言ってた。でも、俺はさ。俺は、ふわりと微笑むこの人と。 「俺は、このお参りの帰り道、バスで要が吐きませんように」 「んなっ!」  この人と、来年も―― 「おい! 暴力反対! 上司からのリアルパワハラって訴えるぞ」 「なんだと!」  そう願った。

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