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第2話

 腹に響く重低音と、和楽器の音色が華やかに折り重なるBGMが鳴り響く。  紅夜は引きずっている真っ赤な襦袢の裾を翻し、手足を伸ばし、ときに強く仰け反って、足を上げたり、身体へ手のひらを滑らせたりしながら、ステージの上で舞う。  ストリップ劇場で出会った振付師に頼んで振り付けてもらった踊りは、紅夜の細い身体のラインや肌の美しさを際立たせる内容で、観客の目は紅夜に釘付けになり、溜息すら漏れる。  黒谷は舞台袖からその身体の動きを見て、紅夜のコンディションを見抜くと、麻縄を手にステージの上へ歩いて行った。  スポットライトが当たっても、黒谷は何も言わない。客席を見ることもしない。それでもライブハウスの空気は一変し、人々は息を飲む。  ステージの中央に置かれたマットの上に、紅夜は大人しく正座した。 「両手を胸の前に」 黒谷の指示に、紅夜の瞳が小さく揺れた。踊りを見ていれば、背後に手を回せる状態なことくらい、わかっているはずなのに。 「いいから言う通りにしろ」  紅夜は押し切られ、素直に両手を胸の前で合わせた。  黒谷はその手首へ縄を掛け、縄と手首の間に指を入れて余裕があることを確かめる。  手順の一つ一つが丁寧で、縄はきちんと揃えられ、余った縄は丁寧に絡げられる。 「縄師は彫刻家と同じだ。素材と向き合い、素材の中から人間を明らかにする。俺の素材にならないか」 紅夜がそう話し掛けられたのは、大学の木彫室でクスノキを削っているときだった。  なぜ黒谷が隣にいたのか、いつからいたのかはわからないが、とにかく集中が途切れたときにそう言われた。  当時、黒谷は大学院の博士課程で仏像彫刻を学んでいた。奈良時代の仏像を模刻したり、修復のプロジェクトに携わったりしていた。  小さな好奇心から始めた緊縛にのめり込み、緊縛師の元から独立するにあたり、相棒を探していると言った。  来春、紅夜は大学を卒業する。三年間、黒谷と緊縛の時間を共にした。  今日、黒谷からクビを言い渡されなくても、来春には。  来春には……? 「痺れはないか」  問われたときには、首から膝まで縄を受けていた。 「うん」  その言葉に紅夜が頷くのを確認すると、黒谷は最後の縄を引き絞った。  左右の足が高さを変えて引き上げられ、胸元の縄に上体を預けると、紅夜の身体は浮き上がる。  なめした麻縄の軋む音が停まり、余った縄が素早く丁寧に処理される間、客席は水を打ったように静まり返っていた。  縛りを終えた黒谷が一礼すると、ほうっという溜息が客席から聞こえ、紅夜は赤い襦袢と白い肌を輝かせて、虚空を飛ぶ天人のように宙を舞っていた。

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