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第3話
「学生時代のバイト? 緊縛ショーの縄の受け手! ……マジですよ。ホント、ホント。大学のOBに縄師の人がいて、その人と二人でライブハウスとか、クラブとかで開催されるイベントに興行してたんです」
休憩時間に缶コーヒーを飲みながら、紅夜は明るく笑って話す。
「そんな十八禁な奴が、子供相手に工作なんて教えて大丈夫かよ。材料の毛糸で縛ったりするなよな」
そう言って笑う先輩の目が、紅夜のつま先から全身を辿り、赤い唇に止まって、逸れた。
「十八禁な奴って、何ですか。まるで僕の存在そのものがワイセツ物みたいじゃないですか」
「お前、何かときどきワイセツっぽいもん」
「えー? そうですか? それは……、哲さんの目にはワイセツに映って欲しいから、かな?」
紅夜は俯いたまま呟くように言って、すぐに顔を上げて笑った。
「冗談ですよ、冗談! 本気にしないでください」
ぎこちなく笑顔を作ったが、哲は笑わなかった。
「その言葉、本気にしたいんだけど。ダメ?」
「いえ、ダメ……じゃない、です」
耳が熱くなる、呼吸が浅くなる、酸素が足りなくて苦しい。
紅夜は思わず手のひらを胸にあてた。その瞬間、木の香りがする身体に抱き締められて、頬にカッターシャツの布地が触れた。
「あの……っ、休憩時間が終わりです……」
「あ、うん。ごめん。ええと……。そろそろ行くか」
二人は休憩室を出て、森林公園内の工作室へ移動した。
「こんにちは。森林公園クラフト教室へようこそお越しくださいました」
どうしても教育番組のお兄さんのようにはつらつと話すことはできず、ただ明るい声とはきはきした滑舌だけを心掛けながら、工作室全体を見渡した。
「えっ?」
ピンマイクに声が乗って、スピーカーから自分の声が返って来たことで我に返り、再び口元に笑みを作って話し続けた。
「今日は間伐材を使って、工作をしたいと思います。間伐材ってわかるかな? 森で木が成長してくると……」
話しながら、紅夜は何度も黒谷を見た。何度見ても、黒谷は膝の上に小さな男の子を乗せ、懐かしさを込めた目で、紅夜と視線を合わせた。
「では、実際にやってみましょう。わからないことがあれば、いつでも訊いて下さい」
レシーバーのスイッチを切るとすぐ、紅夜は作業テーブルを見回り始め、黒谷の隣に立った。
「ようこそ」
「久しぶり。工作の先生が板についてるな」
「まあまあかな。……お子さん?」
隣で微笑む美女に会釈を返しながら、心臓がぶるぶると震えるような思いで質問した。
「姉貴の子。こっち、姉貴」
答えを聞いた途端、紅夜は自然に笑顔になって、美女に向かって愛想よく会釈した。
「相変わらず、わかりやすいな、お前」
黒谷は声を立てて笑った。
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