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第164話

まだ少し赤い目のまま目立たぬように席に着き、パソコンの画面に集中する。 僕が集中している時には誰も邪魔をしてこない。オンとオフのハッキリしているメンバーだ。 まーちゃん課長の姿が見えない。 きっと片岡課長と相談して下さってるんだろう。人事にも…と仰ってたけど、『あの例の』部長だ。何を言われるかわからない。 今度こそあのお二人には迷惑をかけたくない。 一心不乱にキーを叩いて、三日分くらいの量を仕上げてしまった。 終業のチャイムが鳴り、皆んな声を掛けて次々と帰っていく。 まーちゃん課長の右腕の江嶋さんに声を掛けられた。 「あら、西條君、帰らないの?夕飯の支度は?」 「あ、もう帰ります。下ごしらえ終わってるんで大丈夫です。」 「ふふっ。まぁ、主婦の鏡みたいねぇ。見習わなくっちゃ。 …ね、西條君。」 「はい。」 江嶋さんは優しい眼差しで僕をじっと見つめて、頭をわしゃわしゃと撫でると小声で 「辛いことあるなら遠慮なく言ってくるのよ。 これでも君よりうんと年上で、人生経験豊富なんだから。」 「……はい、ありがとうございます。大丈夫です。ご心配をおかけして申し訳ありません。」 「男の子だって人前で泣いていいんだからね。 いつでもいいから、何かあったら声掛けてちょうだい。 じゃあ、また明日!」 「…ありがとうございます。お疲れ様でした。」 ヒールを鳴らして家路へ向かう江嶋さんを見送った。 ダメだ…涙腺が…壊れた。 ここで働く人達が好きだ。 この会社が好きだ。 でも、涼香ママのことを最優先に考えたい。 慌てて溢れる涙を拭い、急いでパソコンの電源を落とし、残業中の人達に一声かけてカバンを掴むと駅までダッシュした。 俯いたまま電車に揺られ自宅へ。 泣き顔の僕を不審に思ったのか、ジロジロ見られる感があったが、どうでもよかった。

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