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**捨てないで**(1)

 **  ここは吉原遊郭の『花街』。  僕はこの遊郭では売れない色子。 「今日は、春一番が吹いてるねぇ~、強い風やなぁ」 「……そう、ですね」  一階中央にある簡素な食堂。  朝食を食べている僕の前に座ったその人は赤い唇を開いた。  彼はこの花街で一番人気の色子の揚羽(あげは)さん。  揚羽さんは僕みたいにひょこっこいモヤシみたいな貧弱な体じゃなくて、程良い肉付きをししている。象牙色にも似た、陶器のような柔肌は赤の長襦袢がよく似合っている。  腰まである黒髪は僕と同じなのに、色香をまとった綺麗な人。彼は落ちこぼれの僕にまで優しく接してしてくれる心あたたかな人なんだ。  僕は、独り言とも取れる揚羽さんの言葉にコクンと頷き返し、箸を置いた。  ふと縁側に続く障子の方を見ると、南向きの強い風が障子を叩き、ガタゴトと音を立てている。  この分だと、明日は一気に冷え込むだろう。  今夜、あの人はきっと来ない。  だって彼は大がつくほど寒さが嫌いだから……。 (数人(かずひと)様……)  彼が僕の元に通わない今日は、昼見世に出て金を稼げと楼主(ろうしゅ)に命じられるだろう。そして僕は数人様じゃないお客に抱かれるんだ。  なんたって数人さんは将軍家御用達(しょうぐんけごようたし)をつとめる呉服問屋の嫡男だ。  その彼が僕の元に通う理由は、けっして僕がいるからというわけではない。  数人様にとって、遊郭にいる色子なら誰でもよかったんだ。のんびりできさえする相手なら誰だって――。

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