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**捨てないで**(3)

「俺ね~、けっこう面倒くさがりなんだ」 (そんなこと、知ってる)  だから後々面倒になりそうにない、売れない色子の僕を選んだんだ。 「ついでに将軍家御用達の呉服問屋の嫡男だし、いくら親の言い付けでも遊郭に通いすぎるのも世間体に問題があるでしょう?」 「……っつ」 (それも、知っている)  知っている、筈だった。  それなのに、改めて口にされると胸が痛い。  目頭がじんじんする。  僕と数人様では身分が違いすぎる。『だからもう、ここには来ない』  数人様はきっと、そう言いに来たに違いない。  だったら律儀にここへ来なくても良かったのに。  このまま、僕とのこともなかったふりをして、放って置けば良かったのに……。  そうすれば、数人様はすぐにでも僕を忘れる。そして数人さんに見合う立派な家柄の素敵な女性と所帯を持ち、幸せに暮らすんだ。  数人様は優しすぎる。  ここに来て、わざわざ話すことでもないのに。かえって仇になることを、彼は知らない。  面と向かって、「君はいらない」と、告げられるのは残酷だ。  いっそのこと、多忙だから通わないと思わせてほしかった。  そして一縷(いちる)の望みを抱きながら、お客に体をひらいて生き続ける方がよっぽどいい。  たったそれだけを頼りに、僕は生き続けることができる。  ……それなのに……。  彼はわざわざさようならを告げるために僕の前に現れた……。  こんなの、苦しいだけだ。  僕は唇を噛みしめ、ひたすら泣くのを堪える。

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