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**捨てないで**(5)
こんなの嘘だ。
僕を身請けするなんてある筈がない。
これは数人様の戯れなのか。
だけど数人様の真っ直ぐな目は嘘を言っているようには見えない。
その目は迷いのない、決意がこもったものだったんだ。
……ああ、どうしよう。
せっかく数人様が涙を拭ってくださったけれど、嬉しくて、涙が止まらない。
「今日は明日の明六つ時(※現代の翌朝五時)まで君と共に過ごし、楼主に掛け合うつもりだ」
「……っつ!」
何か言わなければと思うのに、声も出せず、ただ唇を震わせるばかりだ。
「かず、ひとさま……数人様……」
涙が次から次へと溢れてくる。
どうしよう。嬉しすぎて何もできない。
「紅葉 ?」
しゃくりを上げて泣く僕に、優しく話しかけてくる。
「ごめ、なさい。嬉しくて……どうしよう」
いつまでも泣き止まない僕の顎が数人様の手によって掬い上げられる。
薄い唇が、僕の口を優しく塞いだ。
僕も負けじと、彼の広い背中に両腕を回し、深い口づけを強請った。
――長い冬が終わる。
僕の中でも、春一番が吹いたんだと、理解した……。
**END**
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