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**すきなひと。**
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「俺ね、好きな子がいるんだ」
オレンジの夕陽が屋上を照らす。
そいつは口元を緩めて嬉しそうにそう言った。
だけど俺は違う。言い渡された言葉はまるで死の宣告のように重くのしかかってくる。
心臓がバクバク言うし、胸は掴まれたみたいに痛い。
「へぇ、初耳」
なんでもないふうを装って話す俺の言葉はまるで抜け殻。視界はすでに歪んできている。
こいつとは小学生の頃から高校の今までずっと一緒だった。同年代の男子と比べて平均よりも背が低くて臆病者の俺。そんな俺の手を引いて、側にいてくれたのはこいつ。
明るくて元気で、運動神経もよくてクラスの誰とも受けが良くて、まるで太陽みたいな奴。
臆病者の俺の世話を焼いてくれるこいつの存在が大きくなるにはそう時間は掛からなかった。
だけど、それは俺だけだった――。
「その子ね、笑うとえくぼが出て可愛いのよ」
なんでわざわざ俺に言うわけ?
好きな人から言い渡される残酷な現実。
あんなに色鮮やかだった世界はあっという間に白黒の世界へと変わってしまう。
「背も低くてね、抱き寄せた時にしっくりくるだろうなって――」
「ふ、ふ~ん」
ああ、ダメだ。顔が見られない。
「裁縫が苦手でね、先生に目を付けられていつも居残りさせられてんの。そういう不器用なとこも可愛いわけよ」
「そ、そうなんだ」
俺の声が酷く醜く聞こえる。
「……まだわかんない? 俺の好きな子が誰か」
「知らねぇし! お前が誰が好きでもどうでもいいし!」
言った矢先から涙がポタポタ零れていく。
もうムリ。限界だ。
胸板を押して屋上から出て行こうとしたら、手が伸びてきて直ぐさま引き戻された。
「俺が好きな子、わかった?」
俺の旋毛に弾力のある何かが触れる。リップ音がして口づけられたことを理解したんだ。
「わかんない」
どうしてこんなに遠回しに言うのだろう。苛立ち紛れに唇をツンと尖らせて拗ねてみる。
「じゃあ、わかってくれるまでこのまま、な――」
俺は広い背中に腕を回し、温かなぬくもりに身を委ねた。
**END**
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