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二章 優等生と脱落者 12
「溺れちゃうよ、兄さん」
頭上からクスクスと笑い声が聞こえる。どうやら、マコトが戻ってきたらしい。浴室内に緊張が走り、タクミは伸ばしていた膝を曲げ、両腕で抱えこんだ。
マコトはよほど機嫌がいいのか、シャンプーを手元に引き寄せて泡立て、そのままタクミの髪を洗い始めた。水分を含んでいたタクミの髪はすぐに泡立った。マコトは頭皮をマッサージするように兄の髪を洗っていった。その不気味なほど優しい手つきに、タクミの心は急速に冷めていった。自分だけが兄を喜ばせられるとでも思っているのだろうか。
「流すよ」
マコトはシャワーの温度を確かめて、丁寧に泡を洗い流した。続いてリンスを手に取り、絡まった髪同士を解していく。
その間、タクミはマコトの隙をうかがっていた。もちろん本気で逃げ出せるとは思っていない。ただこの男の言うままに、ロクに抵抗もできない自分に腹が立っていた。せめて一撃くらいは見舞ってやろうと、マコトへの警戒は怠らない。
「そろそろ出ようか」
タクミは素直に従った。手渡されたタオルで全身を拭う様子を、マコトは静かに見つめていた。
タクミは素直に従った。マコトに手渡されたタオルで、全身を拭う。その様子をマコトは静かに見つめていた。
髪を拭っていたタクミはかすかに違和感を覚えた。マコトに悟られないようにさりげなく耳たぶを触ると、どこかで落としたのだろうか、いつの間にか両耳のピアスがなくなっていることに気づいた。自分で買ったものだしそれほど値の張るものでもなかったが、良い気はしなかった。
「どうかした?」
「……服」
ピアスに気を取られていたタクミは、とっさに違うことを口にした。マコトは兄と会話ができたのが嬉しかったらしく、ますます上機嫌になった。
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