19 / 63

三章 優劣と陥落 1

 タクミが意識を取り戻すと、側で見守っていたマコトが、手にした箱を見せてきた。幼い子供が喜びそうなラッピングに包まれた、悪趣味な箱だ。 「兄さんにプレゼントだよ」 「……何?」 「いいから開けてみて。きっと喜ぶと思うから」  マコトが箱を押しつけてくる。大きさは両手で抱えられるほどだ。マコトは早く開けろと、目線で促した。タクミはリボンを解き、カラフルなラッピングをビリビリに破って、箱の蓋に手をかける。 「兄さんに似合うはずだよ。何しろ、この俺が選んだんだからね」 「!」  タクミは中身を見て、一瞬言葉を失った。  これは何だ。いや、その物は分かる。問題なのは、マコトがどういう意図で、この悪趣味な物を贈ったのかということだ。 「……これは何だ」  マコトは不思議そうに首を傾げた。 「何って首輪だよ。見て分かるでしょ」 「ふざけんな!」  タクミはマコトに、箱ごとそれを投げつけた。床に落ちた衝撃で中身が飛び出る。マコトがプレゼントと称して持ってきたのは、黒い革製の首輪だった。 「お前は狂ってる! まともな人間じゃない!」  マコトは床に落ちた首輪を拾い、ベッドの上で喚き続ける兄へ向かった。タクミはマコトが近づいてくると分かると、逃げ場を求めて目をやった。その間にマコトがベッドに乗り上げてくる。逃げ道は閉ざされた。 「来るな!」  タクミは後ろに下がりすぎて、ベッドと壁の隙間に落ちてしまった。まさに袋の鼠である。 「来るなって言ってんだよ!」  兄はもう半泣きである。その泣き顔がマコトを欲情させていると気づかないのか。  タクミは手をブンブンと振り回して、迫り来るマコトを遠ざけようとする。それは仔猫が自分より大きい敵に向かって、牙を剥き出して威嚇する様に似ていた。マコトは可愛らしい抵抗を一通り楽しんでから、タクミの髪を掴み上げ、無理矢理立たせた。 「痛いっ……あ、ぅ」  痛みに歪む顔を眺めるのも一興だが、早くプレゼントを着けさせたい。髪を掴んだままベッドに引き戻し、うつ伏せに押さえつけた。背中に膝を乗せて体重で押さえつければ、起き上がることは出来ない。  マコトは首輪の留め具を外し、背後からタクミの首へと巻きつけた。窒息死しないように、指三本分の隙間を空けて固定する。それからベッドの下に隠しておいた鎖の先を引き寄せ、首輪の留め具に南京錠で繋いだ。  一連の流れを、タクミはただ見ていた。現状を受け止めたのは、マコトが身体の上から降りた後である。  そのまま部屋を出ようとするマコトを追おうと、タクミは足を踏み出すが、駆け出す前にそれは妨げられた。首が後ろにグッと引っ張られる。ベッドの足に繋がれた鎖の長さは一メートル程しかなく、ベッドの側に立つくらいしか出来なかった。 「外せっ!」  マコトは扉の近くで振り返ると、人好きのする顔で笑った。 「忘れ物を取りに行くだけだよ。すぐに戻るからね」

ともだちにシェアしよう!