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四章 憎悪と破壊願望 1
半年前を境に、マコトの人生は一変した。
あの日、偶然タクミが女と歩いているところを目撃した。兄は女にモテる。切れ長の眼が印象的で整った容姿、それでいて人当たりも良い。金髪にピアスといった派手さも、危うい雰囲気を醸し出して、女遊びも日常茶飯事だったと聞く。
家の中では大人たちに虐げられていた兄だが、一歩外に出ると彼の周りには人が集まる。元々人に好かれやすい体質だったが、成長期に入り更に魅力を増したタクミの周りには、笑い声が絶えなかった。
――俺はそんな兄が羨ましかった。そして、妬んでいた。
兄は俺が持ってないものを全て持っていたんだ。
タクミに対する行動が、他の兄弟と違うと気づいたのは、小学校に上がった頃だ。周りの兄弟は自分たちみたいに一緒に帰らない。マコトは自分の授業が終わっても、ずっとタクミを待っていた。一年生と三年生では下校時間が違う。マコトはひとり靴箱の前に座って、時間潰しに本を読みながら、タクミを待っていた。
一度マコトが待っている様子をタクミの友人に見られ、その後で兄がからかわれたと知った。あとでタクミに聞くと学校では関わるなと言われた。幼いマコトでも、兄が自分を拒絶したのだと理解した。
それからマコトはタクミが帰るまでの間、教室や図書室で勉強するようになった。これなら誰が見ても咎めはしないだろうし、兄にも迷惑は掛からないだろうと思った。当時からマコトの学力は、周りと比べても抜きん出ていた。それはマコト本人も自覚していた。いっそ、それすらも利用してやろうと思った。全ては兄と一緒にいる為に。
タクミが卒業するまでの約三年間、マコトはそうやってひとりの時間を過ごしていた。
タクミが中学に上がり、マコトは独りぼっちになった。マコトはその寂しさを紛らわせる為に、ひたすら勉強に打ち込んだ。そんなマコトの様子を、周りは優等生と評価する一方で、人と関わろうとしないその態度を気味悪がった。
やがて六年生になり担任教師から私立の中学校に進まないかと尋ねられた。その話はいつの間にか両親にまで伝わっていたが、もちろんマコトは断った。たとえ一年間だけでも、兄と同じ時間を共有したかったのだ。
タクミが受験に失敗し、近くの私立高校に通うようになってから、兄弟間の溝はより一層深まった。不良と呼ばれるようになったタクミを、両親がマコトから遠ざけたのだ。兄を存在しないものとし、マコトが兄と関わろうとしても、それを切り捨てた。マコトには、自ら遠ざかろうとする兄を止める術はなかった。
それから両親は、出来損ないのタクミの分を取り戻すかのように、マコトに厳しくあたった。一流の国立大に入学させる為の勉強を、中学生のマコトに強要したのだ。
また、優れた人格を形成する為に、あらゆる集団に関わらせて、社会に通じる人間を作ろうとした。マコトはそれに従った。少なくとも表面上は。兄は家に帰らない日が増えた。
それでもいつかは、兄弟仲良く暮らせる日がくると、マコトは信じていた。
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