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六章 深海と幻影 1

 タクミは死にたくなかった。人形のようにボロボロに犯されて、何も考えたくないほどに精神まで削られていた。  だがそれでも高崎から「死ぬ」と告げられた時、タクミの心を支配していたのは生きたいという強い気持ちだった。  マコトはまだタクミが意識を取り戻しているとは思っていない。それどころか高崎の言葉に動揺し、彼の方こそ木偶人形のようになっている。タクミは伏せたままの視線をチラリとその扉に向ける。わずかに開いていた。  マコトは何かをブツブツと呟きながら、タクミを拘束する鎖をベッドから外そうと身を屈める。当然その視界にタクミの姿は映っていない。  これが最後のチャンスだとタクミは直感した。身体の隅々に力を入れ、いつでも駆け出せるように緊張させる。マコトが鍵を取り出し、ベッドの足に巻き付く蛇のような鎖を解いていく。タクミはマコトの手が離れた一瞬の隙をつき、駆け出した。 「っ、……タクミ!」  ワンテンポ遅れてマコトの怒号が響く。タクミは背後から聞こえるその声から耳を逸らし、バスルームのドアを開けてその身体を滑り込ませる。  勢いよく扉を閉めようとしたが、鎖の端が追いついておらず完全に閉めることは出来なかった。  タクミはしゃがんで残りの鎖を引き寄せようとしたが既に遅かった。マコトはもう扉の外にいてドアノブに手を掛けている。  タクミは慌てて上体を起こし、外開きの扉を開けさせまいと力を込めてノブを引っ張る。鎖のせいで閉じきれなかった隙間に足を入れたマコトは、徐々に扉をこじ開けようとする。タクミに出来ることはひたすらにドアノブを引っ張り、マコトの侵入を拒むことくらいだ。  扉の向こうのマコトがと低い声で嗤う。何かを企むときの癖だ。タクミはより一層身体を緊張させ抵抗する。  だが、均衡を保てたのはそこまでだった。マコトが引っ張っていたドアを急に押し戻したのだ。ドアを引いていたタクミはさらなるエネルギーを受けて、洗い場に尻もちをついた。何事かと考えようにも、目の前に立つ男の圧倒的なオーラで思わず委縮してしまう。  マコトはポケットから何かを取り出し、タクミとの距離を詰める。マコトの手の中にはバスルームの明かりを受けて鈍く光る手錠が見えた。

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