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六章 深海と幻影 3

 狭いバスルームの中にマコトを罵るタクミの絶叫が響き渡る。バシャバシャと激しい水音を立たせ、浴槽の中で暴れまくる兄の姿は、死にもの狂いという言葉がピタリと当てはまるだろう。注がれていく冷たい水は止まることを知らず、徐々にタクミの肉体を侵食していった。  マコトは水に濡れた金髪を掴み上げ、目線を合わせて言った。 「あと五分……」  そこで言葉を切って兄の反応をうかがう。寒さと恐怖の為にガタガタと震えてはいるが、その瞳には今何が映っているのだろう。反抗的な頃のタクミは、いつでも自分を殺してやるという憎悪の塊のような瞳をしていた。  だが今はどうだ。何もかも諦めたような昏い瞳をしている。身体は正直だから水の冷たさや、殺されるという本能的な恐怖に反応するが、本心を語るのは瞳だ。マコトはその瞳に向けて最後の通告を出した。 「あと五分でこの浴槽には水が溜まる。今まで苦しかっただろ? 俺にとっては楽しい毎日だったけどね」  話している間にも水嵩は増していく。後ろ手に手錠をかけられ、さらには足をベルトで縛られたタクミに出来る抵抗といえば、残された口で目一杯空気を肺に取り込むことだけだ。  だがそれにしても自らの動きで水面が波打つ度に、大きく開けた口に大量の水が流れ込んでしまう。溺れないようにするのが精一杯だ。  ドドド……と蛇口から流れる水が浴槽に満ちていき、ついには肩のラインを超えた。このままだと本当に死んでしまう。死にたくない一心でタクミは最後のあがきとばかりに両足を暴れさせ拘束を解こうとした。  だがそれがいけなかった。バランスを崩したタクミは後頭部から水へと沈んでいく。苦しい苦しいと頭を左右に振り足をピンと伸ばして、この状況から逃れようと必死に身体を動かした。とっさのことで、息を吸う暇もなく沈んだタクミの呼吸量もすでに限界だった。  ついに全ての息を吐き出してしまい反動で大量の水を飲んだ。このままでは死ぬ。薄く開いた瞳に映ったのは、水面越しにこちらの様子をうかがう弟の姿だった。目の前に実の弟がいるというのに別れの言葉すら出てこない。 「死ね」と心の中で弟を呪ってタクミは意識を手放しかけた。  最期くらいは安らかに逝きたい。だが、ささやかな願いは叶いそうになかった。  タクミがもう一度深く目蓋を閉じようとした時、視界が急転した。 「本当に死にたいの?」

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