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六章 深海と幻影 5

 弟からの愛の告白にタクミはわずかに眉を顰めるが、やがて喉の奥からクククと忍び笑いを漏らした。  笑いは徐々に大きくなっていき耳を覆いたくなるほどだった。笑いの波が過ぎ去ると、タクミは鋭く光らせた瞳でマコトを捉え、口角を上げて言った。 「お前が死ね……っ」  兄から吐き出された呪詛の言葉は、確実にマコトに残された最後の良心を破壊した。 「そう。分かったよ、タクミ」  マコトは頭髪を掴んだままのタクミを冷たい水に沈めた。彼が決して起き上がれないように、確実に殺せるように。 「先にお前を殺して、後から俺も逝くから」  タクミが立てる水音は徐々に小さくなっていく。あと少し沈めていればじきに死ぬ。マコトはさらに身を乗り出して、全ての力を使ってタクミを抑え込んだ。二度と浮き上がれないように、二度と俺から逃げないように。  マコトの脳内ではタクミを殺した後のことでいっぱいだった。だから気づくことが出来なかったのだ。背後に迫る一人の男の存在に。 「やめておけ」  耳元で低く囁かれたと思った次の瞬間、マコトの身体はタクミから引き剥がされ、不格好な体勢で尻もちをついた。  その間に高崎はタクミを浴槽から引き上げ、呼吸の確認をする。弱っているが命に別状はないらしい。ざっと状態を見極めると、高崎はタクミを横抱きにし、監禁部屋のベッドまで運んだ。  まだ完全に呼吸が整っていないタクミは、短く息を吐きながらガタガタと震えている。服を着たまま冷たい水に入れられたのだから、より身体が冷えているのだろう。高崎は未だバスルームにいるマコトに対して指示を与えた。 「手錠の鍵と乾いたタオル、それとタクミの着替えを持ってこい」  その声は当然聞こえるはずなのにマコトからの返事はなかった。その態度が気に障った高崎は思わず声を荒げた。 「急げ! 死にたいのか?」  ようやくマコトがゆらりと姿を現した時には、高崎は次の作業に移っていた。  水を含んで肌に張りついたシャツやズボンを、皮膚を傷つけないようにナイフで切り刻んでいく。それから足首を拘束していたベルトを外し、少しでも温めようと自らが羽織っていたスーツのジャケットをかけてやる。  そんな献身的な高崎の姿を見ていられなくなったマコトは、足早に部屋を出た。  これ以上タクミが別の男に触れられている姿を見たくなかったのだ。

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