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六章 深海と幻影 6
――水が迫ってくる。
足元から冷たい水が這い上がってくる。このままではいずれ溺れてしまう。逃げなければ。
タクミは必死に手足を動かそうとするが、何かに絡み取られているようでビクともしない。
「助けて!」
タクミは力の限り叫んだ。
「助けて! 助けて! 助けて!」
何度も何度も叫んだ。誰かにこの声が届くまで。
いつしか水は腰のあたりにまで迫ってきた。下半身にかかる負荷も一層強くなる。絡みつく大量の水を思い切り振り払おうとした時、タクミの耳に届いたのは悲痛なまでの叫び声だった。
「行かないで……!」
「!」
タクミは肩越しに振り向いて背後を確かめる。そこにいたのは小学校低学年くらいの少年だった。タクミの腰に纏わりついていたものの正体は、彼のか細い両腕だった。彼もまた水に囚われているが、どういうわけかその体温は温かかった。
「行かないで……お兄ちゃん……」
彼は可愛らしい顔をぐっしょりと歪めて、涙ながらに「行かないで」と言いながらタクミの背に顔を埋めた。その泣き顔を見てタクミは無意識のうちに彼の頭に手を置こうとして、途中で動きを止めた。
「君は誰?」
「――お兄ちゃん……?」
巻き付く腕が、恋い慕う目つきが、何よりも縋り付くようなその声が不快で堪らなかった。
「俺に兄弟なんていない」
タクミは身体を目いっぱい捩り少年を振り払った。彼は目を見開き、何かを口にしたが、その声は届くことなく小さな体は深い海に沈んだ。
タクミは最後まで少年の正体が分からなかった。
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