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七章 痛みと代償 1

 ドアを開いた先のベッドには兄が横たわっている。なるべく音を立てないように静かにドアを閉め、マコトはゆっくりとベッドへ近づいた。  タクミは手足を投げ出し、疲れ切った顔で寝ていた。無理もない。一度は生死の境をさまよったのだから。  だが、こうして無防備に寝ている兄を見るのはいつ以来のことだろう。もしかしたら幼い頃ふたりで一緒の布団に寝ていた時以来かもしれない。小学校に上がってしばらくしてから兄に避けられるようになった。兄弟らしい思い出は、その後ほとんどない。 「兄さん……」  マコトはベッドの脇にしゃがみ、タクミと同じ目線になった。まず初めに目に入ったのは、すっかり傷んでしまった兄の金髪だった。 「俺は黒いままの方が似合うって思ってたけど……ずっと言えなかった。言ったら、もっと嫌われるって分かってたから……」  指通りの悪い髪をそっと梳く。マコトの指はそのままタクミの耳たぶへと移動した。そこには今は何も嵌まっていないピアスホールがある。 「兄さんのピアス……俺が預かってるよ……。俺、兄さんに男がいるんじゃないかって思って嫉妬した。あのピアスも、絶対その男からのプレゼントなんじゃないかって……だから……。兄さんにとっては大事なものかもしれないけど、俺には耐えられなかったんだ……」  眠っている今なら正直な気持ちで兄と接することが出来る。  マコトは次から次へと溢れ出る思いをタクミに語り続けた。 「俺はずっと昔から兄さんが好きだった。はじめは家族として、それから兄弟として。でも、兄さんは俺のこと嫌いで……俺のこと避けるようになって……。でも、それでも好きだった」  視線の先にある兄の目蓋は閉じられたままだ。マコトはわずかに開いたタクミの下唇に、恐る恐る親指を這わせた。すっかりかさついていて、一部ひび割れている所もある。その乾いた唇に舌を這わせて自らの唾液で潤したい衝動に駆られたが、マコトはじっと耐えた。 今は肉欲よりも兄と対話する時間が欲しかったのだ。 「たぶん……」  マコトはタクミから視線を外して俯いた。何となく面と向かって話をしたくなかったからだ。 「兄さんが女とヤっている所を見なくても、俺は兄さんに欲情したし、ひとりで抜いていたと思う」  下肢が熱くなってきた。こんなにボロボロになった兄を見ても、まだ犯してやりたくなる。こんな自分は嫌だ。可愛い弟でいられたらどんなに良かったことだろう。でも、もう取り返しのつかない所まで来てしまった。 「……タクミ……って呼んでも良い?」 「……」 「答えてよ……」  マコトはタクミの手を取り、それにすがるように自らの頬へと押し付けた。いつもは冷たい兄の手がわずかに温かく感じる。  しばらくして、マコトは自分が泣いているのだと知った。

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