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七章 痛みと代償 6
「……?」
乾いた靴音と共に誰かが近づいてくる。
「馬鹿な男だな……お前も」
低く嘲笑う声が聞こえた。声の主を確かめるよりも早く、その人物はベッドの傍に立ち、マコトの背に刺さったナイフを一気に引き抜いた。
塞ぐものが無くなった瞬間、その傷口からはおびただしい量の血が噴き出した。その血は当然傍らに立っている高崎にも降りかかり、漆黒のスーツをさらに黒く染めた。こんなに汚れてしまってはクリーニングをしても無駄だろう。二度と袖を通すことはないだろうな、と高崎は自嘲した。
「汚いな」
高崎は返り血を浴びたジャケットを脱ぎ捨て、顔に飛んだ血はハンカチで拭った。その様子をマコトは大きく目を見開いて見ていた。淡々とした、事務的なまでの所作に忘れていた恐怖心がこみ上げてくる。やはりこの男は普通ではない。関わってはいけない相手だった。
ナイフに付いた血も綺麗に拭き取ると、高崎はそれをスラックスの尻ポケットにしまった。
高崎がタクミに託したものとは、この折り畳み式のナイフだった。形は小ぶりだが、先端が鋭く、殺傷力が高い。非力なタクミでも充分使いこなせるだろうと思っていたが、このように事が進むとは高崎自身も考えていなかった。まさか実の弟を刺し殺そうとするとは。高崎はその彼からの熱視線を浴びながら、胸の内で嗤った。
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