12 / 63

二章 優等生と脱落者 8

「あれ? 泣いちゃったの?」  放心したまま涙を流すタクミの目尻に、マコトは舌を這わせ、一滴残らず舐め取った。 「兄さんって実は泣き虫だよね。でも安心して。これからは俺が慰めてあげるから」  マコトはタクミの耳朶を軽く噛み、クツクツと喉の奥で笑った。 「……気持ち悪い」 「は?」 「気持ち悪いって言ったんだ! 兄貴に欲情するとか頭おかしいじゃねえか?」 「おかしくないよ」  強く言い放ったタクミをなだめるように、マコトは兄の左耳のピアスをいじりながら続ける。 「俺はずっと兄さんが好きだった」 「それがキモいって言ったんだ」 「なのに、兄さんは俺を捨てた」  リング状のピアスにかけられた指に力がこもる。最悪の結果を想像して、タクミは背筋を凍らせた。まさかマコトは、このまま耳たぶを引きちぎろうとしているのではないか。 「……やめろ」 「俺にはもう、兄さんしかいない」 「え……?」  想定外の答えを受け、タクミは思わず聞き返した。この優秀すぎる弟に、いったい何が起きたのだろう。怪訝な顔をすると、マコトはもう片方の手でタクミの髪を撫でながら、口元を吊り上げて笑った。 「知らなかったの? 兄さんが出て行ったあと、俺がどうなったのか。俺は家族に捨てられたんだ。それも、たった一度の失敗だけで!」  突然マコトが語気を荒げる。豹変した弟の姿についていけず、タクミはただ震えていた。 「ねえ兄さん、大学受験ってそんなに大事? 良い大学に入るって、そんなに大事なの? 答えろよ!」 「痛っ!」  マコトはピアスにかけた指を思いきり引っ張った。外れはしなかったものの、タクミの身体には恐怖が刻みこまれた。 「兄さんはいいよね。最初からロクに期待されてなかったし、自分から家族を捨てたんだから。それにトモダチもいっぱいいるんでしょう? だから――」  タクミの頬がマコトの両手に包まれ、真正面で目が合う。 「――だから壊してやろうって思ったんだ。俺がこうなったのは、全部兄さんのせいだからね」 「ちが……」 「それに兄さんが頼れるのは、もう俺しかいないだろう?」  マコトは愛おしむような目つきで兄を見る。タクミはその熱視線から逃れられなくなった。 「兄さんは、もう誰からも愛されない。だからその分、俺が愛してあげるね」 「ひっ!」  タクミの後腔をマコトの手がかすめる。驚いて閉じようとしても、M字に縛られたままでは不可能だ。マコトは襞を伸ばすようにゆっくりと指を這わせ、後ろの感触を確かめる。その場所に触れる意図はひとつしかない。 「いっ……やだ……」 「そうだ! 兄さんに良いこと教えてあげる」  マコトはひどく楽しそうな声をあげ、ツプリと人差し指を挿入した。

ともだちにシェアしよう!