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下り闇のハウライト
傍らでは、余所見をしながら煙草を咥え、後ろ手にジーンズへと触れている。
火を点けようと、どうやらライターを取り出そうとしており、両の手で黙々と物入れを探っている。
「真宮」
紡げば、手を止めて顔を上げ、視線を向けられる。
過ぎ行く夜風に、はらはらと前髪が揺れており、端正な顔立ちが映り込む。
手を伸ばせば、半開きの唇から容易く煙草を抜き取り、人差し指と中指で挟みながらにっこりと笑う。
油断していた為、一瞬何が起こったか分からずに目を丸くし、奪われた煙草をぼんやりと見つめている。
けれども程なくして、ようやく小さく声を上げてから事態に追い付き、眉根を寄せて睨んできた。
「おい、返せ」
す、と伸ばしてきた腕を避け、真新しい煙草を揺らしながら悪戯に笑う。
「簡単に奪われてるし」
「うるせえな」
「油断し過ぎなんじゃねえの?」
「いいから、返せ」
「どうしようかなァ。そんなに口寂しい?」
煙草を片手に、不貞腐れている真宮を見つめれば、早く返せと訴えられる。
微笑みながら、何にも答えずに視線を注げば、不服そうな彼が佇んでいる。
「じゃあ、俺とキスしようか」
「は? 何言ってんだテメエ」
「口が寂しいんだろ? いいよ、ほら。俺が一肌脱いでやるから」
「え、いや……て、待て待て! 何でそうなる? おかしいだろ! そんな事よりも煙草を返せ、それで済む!」
「そんなこと~? ちょっと何それ、ひどくない?」
「うるせえな、とっとと返せよ!」
踏み出せば、自然と真宮が後ずさり、防ぐように両の手を上げて慌てている。
けれどもすぐに壁へと背がぶつかり、咄嗟に辺りを窺うも逃げ場を失う。
眉を顰め、困っている彼に見つめられ、微笑みながら目の前で立ち止まる。
そうして指を滑らせ、顎から頬を擦りつつ視線を合わせ、間近で笑い掛ける。
「捕まえた」
「煙草」
「返すって。やだね~、イライラしちゃって」
「おま、誰のせいで……!」
「はいはい、俺のせいね。キスしたらちゃんと返してあげるよ?」
「だから何で……、納得出来るか。そんな事……」
「いいから。大人しく言うこと聞いたほうが話が早いって、真宮ちゃんならもう知ってるだろ……?」
「うっ……、でも、……癪だ! つうかお前が言うな!」
「はははっ、だよねぇ。俺もそう思う。でも……、わがまま聞いてくれるもんな。真宮ちゃんは」
すり、と人差し指で頬を撫で、何事か言いたそうにしながらも視線を逸らす彼を見つめ、微かに名を紡ぐ。
再び視線を向けられ、包み込むように頬へと触れ、薄く開かれた唇を捉える。
温もりを重ねれば、抗おうとすぐに肩を押されるも、感じやすい首筋へと指を這わせれば弱まり、隙をついて舌を差し入れていく。
「んっ……」
粘膜を絡ませ、避けようとする舌を捕らえ、擦り付けるうちに熱情が育まれる。
目前から吐息が零れ、時おり頬から口蓋へと舌を滑らせ、そのうち混ざり合う唾液で一杯になっていく。
「ん、んぅ……」
首筋から後頭部へ、そうしてまた頬を撫でつつ、徐々に荒くなっていく息遣いに頬を染め、僅かに溢れた唾液が唇を伝う。
ちゅ、と唾液が絡み、口付けを深める度に音を立て、鼻にかかった吐息が欲情を露わに零れ落ちる。
押し退けようとしていた手が、いつしか肩を掴んで耐え、熱に浮かされた口内はだらしなく蕩けている。
「ん、はぁっ、は……、おい、んぅ……、も、いい、だろ……ん」
「ダメ」
「はぁ、た、ばこ……、かえ、せ……ん、んぅ」
「まだ言ってんの? こっちのほうが好きでしょ」
「ん、ん……、ちが、す、きじゃな……、はぁ、ん、ふ……」
離れては口付け、舌を捕らえては擦り付け、息も切れ切れに訴えられるも意に介さず、唾液で濡れる唇を何度も奪っていく。
「かえせ……」
「今更返して吸えんの? こんな口でさァ」
「だ、れのせいで……、ん」
顔を背ける彼に、首筋へと舌を這わせればひくりと反応を示し、熱情により瞳は僅かに潤んでいる。
これだからホント、困っちゃうよなァ。
暫し見つめれば、急に黙られて不審に思ったらしい真宮が顔を向け、すかさず無防備な唇を浚う。
「ん、お前……」
「可愛いなァ、ホント。真宮ちゃんは」
「ん……、殴られてえんだな」
「もうこれ必要ないよね」
「あっ! おまっ、バカ! 捨てんな!」
「ハァ? 大げさじゃね?」
ぽい、と煙草を捨てれば、途端に真宮が血相を変えて慌て、大声で喚く。
今しがたまでの色気は何処へやら、悲壮感を目一杯に漂わせて地面を見つめ、思いの外ショックを受けているらしい。
「おま、お前……、返すっつっただろ! まだ火も点けてねえのにもったいねえ!」
「もう必要なさそうだったから、つい」
「誰が必要ねえなんて言ったよ……、お前自分が何したか分かってんのか!?」
「なに深刻なツラしてんの? だっさ」
と返せば案の定怒り、せっかくいいところだったものの足止めを喰らい、露骨に態度に示せば尚のこと真宮が眉間に皺を寄せていく。
「お前な、なんだその態度……」
「はいはい、ごめんなさい。煙草買ってくればいい?」
「そういう問題じゃねえんだよ、大体お前はいつもいつも」
「あ~、その話長い? ちょっと後にしてくんない?」
「聞け!」
「……ハァ。もう少しだったんだけどなァ、しくじったわ。選択ミスった」
「聞いてんのか!」
「ああ、はいはい。聞いてる聞いてる。ごめんね? カートンで買ってあげるから許して? お願い」
「えっ?」
「ん? 嬉しそうな顔したな今」
「そ、そんなことで俺がそう簡単に許すとでも……、カートン……」
「……まだこれワンチャンあるな。ねえ真宮ちゃん、好きなだけ買ってあげるからもう少しここで遊ぼう?」
【END】
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