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やがて辿りし
エレベーターへと乗り込めば、漸が最上階のボタンを押し、人がいないのを見計らって扉を閉める。
静寂を帯びて緩やかに浮上し、何とも言えない感覚を受けながら歩むと、程なくして奥へと辿り着く。
手すりを掴み、覗き込んだ先はガラス張りであり、地上を歩む人々が少しずつ小さくなっている。
駅舎を行き交う人波の目的は様々で、改札へと向かう者もいれば外を目指す者もおり、自分達のように商業施設へ通じる自動扉を潜っていく者もいる。
各々が好きに生き、謳歌している姿を見下ろせばふと、傍らにて気配を感じて何とはなしに顔を向ける。
「何見てんの?」
手すりを掴み、下界を眺めながら漸が紡ぎ、暫くしてから視線が交わる。
「別に何でもねえよ。ただ、人がいっぱいだなあと思って」
「ああ、はいはい。ゴミのようだとか思ってたわけね」
「違ぇよ……、思ってねえよ……。お前と一緒にすんな」
「ひど~い。俺そんなこと思ったこともないのに~」
「棒読みじゃねえか」
呆れつつ溜め息をつけば、隣で漸が笑っている。
一方の手に手を重ねられ、唐突に迫られて仰け反りそうになるも、頬を撫でて唇を触れ合わせてくる。
あまりにも突然で驚き、半開きの唇から易々と舌を捩じ込まれ、ぬるりと唾液が絡んで糸を引いていく。
「んっ……」
咄嗟に手を出そうとするも、一方は手すりへと押し付けられたまま身動きが取れず、もう一方で腕を掴んでも引き剥がせない。
こんなところで何考えてんだ、と悪態をつこうにも口を塞がれ、ぬるぬると唾液を擦り付けられた舌が、ますます逃げ場を失う。
眉間に皺を寄せて、抗おうと目蓋を押し上げてはいても、首筋を撫でられる度に背筋がざわついて、蕩ける口内へと甘美な熱情が広がっていく。
重ねられていた手から、いつしか力が抜けていた事にも気付かず、指先が肌をやんわりと擦っている。
「ん、はぁ……、ん、んぅ……」
首筋から頬へ、耳から髪を撫でられ、くぐもった声と共に混ざり合う粘膜が音を立て、やけに大きく鼓膜へとこびりつく。
抵抗しなければ、と身体を動かそうとしても力が入らず、捩じ込まれた舌に劣情を塗り付けられる。
何処で、何をしていたのか次第に分からなくなって、媚びるような鼻にかかった吐息が零れ、思わず感じ入り目蓋を下ろす。
気持ちが良くて仕方がなくて、いけないと掻き消そうとしてもまた、新たな快感が理性を浚いに来る。
「ん……は、あ……ぜ、ん……」
やめろ、と言いたいのに自由を奪われ、唇から唾液を伝わせながらか弱く喘ぎ、ねっとりと熱く、情念を抱いて舌を絡めていた。
そんな時、小気味良い音色が突如として響き、一瞬で現実へ引き戻される。
慌てて離れ、漸を押し退ければエレベーターが止まっており、気が付いたと同時に扉が開いてわらわらと人が押し寄せてくる。
それまで二人きりであった室内が、一気に混雑して目を丸くするも、そのまま何事も無かったかのように扉が閉まり、大勢を乗せて再び上を目指していく。
奥で佇み、沢山の後ろ姿を視界に収め、今更になってつい先程までの情事を思い出して頬が熱くなる。
濡れる唇を手で拭い、文句を言おうにも今だけは叶わず、ただ黙って突っ立っているしかない。
何て言ってやろうか、などと巡らせていれば、今度は手に違和感を覚えてすかさず顔を向ける。
傍らでは、漸は前を見つめていて微動だにせず、素知らぬ顔をしている。
しかし実際には手を繋がれて、当然離れようとするもしっかり掴まれ、目で訴えても彼は此方を見ない。
声を上げれば誰が振り返るとも限らない、それだけは避けたいと思えば騒ぎには出来ず、大人しく手を繋いで一時を過ごす。
温もりを分かち合う手が、ほんのりとした熱を纏い、漸と繋がっている。
上がっていくエレベーターは、それから止まることなく最上階を目指し、時おりひそひそと声がする。
静けさに落ち着かず、殆どの者が見上げて何階であるかを見守り、大して時間もかからず辿り着く。
ポン、という軽快な音と同時に扉が開き、押し寄せた時と同様にわらわらと人々が外へ歩いていく。
「いつまで握ってんだ」
遠慮なく振り払い、必要もなくなったので声を上げ、さっさと歩んでエレベーターを後にする。
「大人しく握られてたくせに。つうか、真宮ちゃんもぎゅっと握り返してたじゃん。そんなに俺と手ェ繋げて嬉しかった?」
「どうしたらそんなポジティブな発想に至るんだ? 妙な真似すんな」
「楽しかったじゃん。途中で邪魔が入ったからイラついてんの? 物足りねえならご飯やめてホテル行く?」
「死ね」
「ひどい、真宮ちゃん……。ひどい……」
漸が両手で顔を覆うも、あからさまに嘘泣きなので全く何とも思わない。
ぶん殴ってやりたいところだが、行き交う人波に理性を正され、機嫌が悪いので人相は悪いが、堪えてレストラン街を歩んでいく。
傍らでは、さめざめと泣いている振りをしていたかと思えば、すでにけろっとして辺りを見回している。
食事をするべく目指していただけなのに、道中を振り返ればとめどなく溜め息が溢れ、本当に油断も隙もない男だとげんなりする。
それでも付き合いをやめられないのは、すっかり日常へと馴染んでしまっているからだろうか。
「天ぷらか……」
「あ~、気分じゃない」
「とんかつ……」
「はい、却下で」
「海鮮……」
「ああ、無理」
「ラーメン……」
「え~、ここまで来て?」
「チッ」
「うわ、怖」
盛大に舌打ちすれば、怖いとは言いながらも顔色一つ変えない漸がおり、ありふれた日常の断片である。
一緒に居て飽きることはないけれど、振り回されてばかりいる現状は何とかしたいが、なかなか手強くてにっちもさっちもいかないでいる。
問い質してやりたい事は山程あるけれど、先程の事件で燃料を使い果たしてしまったので、取り急ぎ補給しなければと目移りする。
「で、何食べんの?」
「ハッ……、焼肉がある……」
「は~? 昼から? つうか匂いが付いたら……」
「うるせえ、此処にする!」
「あ~……、まあ、いいけど。真宮ちゃんが食べたいならいいよ」
「あ~、急に腹減ってきた~。うまそうだな!」
「ホント肉好きだよね。嬉しそう」
【END】
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