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きみはわるい子

「おい、真宮……。まだ話は終わってねえんだけど。抱き付いてる場合じゃねえから離れてくれる?」 背中を擦るも、一向に離れようとはしない。 それどころか、顔をうずめて息を吸い込んでおり、どうやら首筋を嗅がれているらしい。 コイツ……、こんな匂いフェチだっけ……。 溜め息を漏らすも、酔っ払いは頬を擦り寄せながら抱き付き、呆れる程の無防備さで身を委ねている。 「つうか俺何回も言ったよね、飲み過ぎんなって。いっそ飲むなって。それが何コレ、アホ程酔ってんじゃん」 「ん~……」 「ん~、じゃねえから。聞いてんの?」 「ハァ……、いい匂い。落ち着く……」 「は……?」 恐らくは、香水を指しているのだろう。 普段からよく付けているが、言われた事はねえよなと首を傾げる。 そういえば酔ってるとコイツ、スゲエ抱き付いてくるっけ……。 「俺の匂い好きなの?」 「ん……、好き」 囁くと、肩に回していた腕へとより一層力を込め、甘えるかのように密着してくる。 酒気を帯びているせいか、触れ合う身体は何処も彼処も熱く、首筋を撫でれば僅かに汗ばんでいる。 彼は首が弱いので、素面であればまず触らせてはくれないが、今はひくりと反応を示しながらも大人しく好きにさせている。 「いつもなら嫌がるくせに……」 「ん……」 首筋を撫で、(くすぐ)るように指を這わせながらうなじへと触れ、鮮やかな(はじ)色の髪を乱しては弄ぶ。 今のところやめろとも、触るなとも言われず、無抵抗にしなだれかかって弱点を晒している。 「何でまた飲んできたの。こんなになるまでさ」 「ん……? 誘われた……」 「あ~、お得意の。あと何人俺の知らねえ男がいるんだか。この前、街でバッタリ会った奴とか」 「そう、だっけ……、友達……。いいやつ……」 「はいはい。ンなこと分かんねえっつうの。このお人好し」 自然と髪を撫で、もう一方の腕を回して抱き締めると、何処か頼り無く辿々しい返事が聞こえてくる。 まるで夢うつつをさ迷っているかのような、緩やかな空気を帯びている。 「真宮ちゃんさァ、甘えとけば許すだろうとか思ってる? そんなに単純じゃねえんだけど、お前と違って」 「此処が……、落ち着くから。いい匂いする……」 「さっきからそればっかじゃん。そんなに好きだったの? 全然気付かなかった。別にあげるけど、香水くらい。使えば?」 「いらない……。お前からいい匂いするのがいい……」 「は……? 何なの、お前……」 見られてはいないと分かっていながらも、咄嗟に視線を逸らしてしまう。 動揺を悟られまいと不機嫌そうに眉根を寄せるも、途端に不器用になって言葉がつっかえる。 「怒ってんのか……?」 「別に、呆れてるだけ。どうせ外で何人にも抱き付いて言ってんだろ、そういうこと。この、たらし」 「でも……、お前が一番いい……」 「やっぱ抱き付いてんのかよ。マジで閉じ込めようかな……」 うんざりとした様子で呟くと、傍らからは熱を孕むような息遣いが零れ、落ち着かない様子で時おり甘やかな声を漏らしている。 首筋へと吹き掛けられる吐息は悩ましく、身体は更なる熱情を帯び、ただの酔っ払いにしては(なまめ)かしい。 おまけに、先程からくっついているせいで、変化があれば即座に感じ取れてしまう。 「つうか……、勃ってねえ? 当たってんだけど」 今日はマジで何にもしてねえけど、と過らせつつも、彼は確かに欲情している。 首筋は撫でたが、熱情を宿らせるほど攻め立てた覚えはなく、至ってささやかなものだ。 だが現に、真宮は熱に浮かされるように呼吸を荒らげ、触れ合うだけでも明らかに感じ入っている。 「……そろそろさァ、一旦離れてくれない? 顔、見せてよ。ね?」 まるで幼子(おさなご)をあやすように、軽く背中を叩いて言い聞かせる。 名を紡ぎ、促すように頭を撫でると、程無くしてからゆっくりと彼が身動ぐ。 重そうに、だるそうに頭をもたげ、伏し目がちであった視線が交わると、そのまま逸らせなくなる。 普段こそ男らしく、好戦的で凛々しき不屈の双眸は、今や正反対に熱っぽく蕩けている。 綺麗に立たせている髪も、はらりと垂れ下がっては乱れており、彼の視界を時おり阻んで揺れている。 「お前……、なんつう顔してんの」 「ん……」 「好きにしてって言ってるようなもんじゃん。あ~……、もう、ホント……」 すり、と指を遊ばせて頬を撫でれば、気持ち良さそうに彼は目蓋を下ろす。 そうして擦り寄せ、いとも容易く委ねられてしまい、喜べば良いものを素直に受け入れられずにいる。 「めちゃくちゃえろい顔してるけど。なァんで学ばねえのかなァ、真宮ちゃんは。それとも、あえて俺のこと困らせてんの? 日頃の仕返し?」 「ん……? なに」 「……ハァ。そんな頭回るような奴じゃねえか。だからこそ俺だけが消耗しているわけで」 「漸……」 「何だよ……。こんな時ばっか、俺にだけじゃねえだろ……」 言ってから後悔するも、今はまともな会話なんて成り立たず、酔いから覚めればきっと何にも記憶に残っていないだろう。

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