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今までで一番の「誕生日」

「何かずっと鳴ってねえか……? お前の携帯」 視線を向ければ、木製のベッドヘッドに凭れながら、漸が携帯電話を眺めている。 真っ白な布団を膝まで掛け、片手で端末を操作する一方で、物憂げに唇へと指を滑らせている。 ささやかな間接照明により、整然とした薄暗い室内へと影を作り、カーテンで閉ざされた窓辺には未だ夜が佇む。 暫く眺めていたが、声を掛けてからも着信を知らせる振動が相次ぎ、その頃にはもうすっかり目も覚めていた。 「アレ、起きちゃったの? さっきまで爆睡してたくせに」 「あれだけブーブー鳴ってたら起きる」 「へえ、意外にこういうのは気付くんだ。俺がいたずらしても全然起きねえのに」 「は? いたずら?」 「さあ、なんでしょう」 「何しやがった、お前」 「今日はしてない。つうか……、さっきまでえっちしてたんだから、いたずらする必要もないでしょ。まだ物足りねえんなら話は別だけど?」 ふ、と微笑まれ、つい先程までのことを掘り返されて何にも言えなくなる。 何ではっきり言いやがるんだコイツは、と思うも、今に始まった事ではない。 溜め息をつきながら視線を巡らせ、時刻を確かめれば午前二時を示しており、辺りには心地好い静けさが漂っている。 再び青年を眺めれば、相変わらず指を滑らせながら液晶を見下ろしており、何かあるのだろうかと疑問がわく。 「何かあったのか?」 「別に何も」 「にしてはスゲエ鳴ってんだろ……。お前何かしたんじゃねえのか?」 「だから何にもねえって、誕生日なだけ」 「へえ、誕生日。……誕生日? お前の?」 「そうそう、11日だっけ? ね、今日」 大切な事を平然と告げるので、危うく聞き流しそうになった。 びっくりして起き上がると、至って冷静な漸に画面を見せられ、今日が2月11日であることを知らされる。 日付を確認してから、何とも言えない表情で彼を見つめれば、目の前で控えめに微笑む。 す、と伸ばされた手が頬を擦り、額へと触れながら前髪を掻き上げ、やんわりと頭を撫でていく。 大人しく身を委ねている間にも、メッセージの受信を知らせる振動が耳に残り、多くの者が我先にと彼を祝っている。 「誕生日って……、何で言わねえんだよ。忘れてたわけじゃねえだろ」 「何でって、前もって言ったらもしかしてお祝いでもしてくれた? つうか、真宮ちゃん絶対忘れそうじゃない?」 「ンなことは……」 「あるかもしんねえって顔してんな、おい。言っておけば良かったかなあ。真宮ちゃん、忘れない?」 「……努力はする」 「フラグ立ち過ぎ。眉間にシワ寄ってるよ?」 ぐい、と人差し指で眉間を押され、たまらず顔を背ける。 今更横たわる気にもなれず、倣ってベッドヘッドへと凭れ、傍らを眺めれば漸が微笑み、照明と携帯端末により淡い光に包まれている。 今日が誕生日だなんて、思いもしていなかった。 もしかしたら最後まで、告げる気はなかったのかもしれない。 一日中連れ回されてたけど、そんな素振り全然なかったよな。 誕生日だから祝って、と真っ先に知らせてきそうなものなのに、たまたま話の流れで明かされたことを珍しく感じてしまう。 「やれバレンタインだクリスマスだって言ってくるお前が、自分の誕生日はだんまりなんて珍しいな」 「別に言ったことあんじゃん、今日は俺の誕生日って」 「確かにテメエは四六時中誕生日だよな。何度騙されたか……。でも、今回はマジみてえだな」 「マジだよ、ほら。お祝いメッセージが止まねえの」 差し出された液晶には、生誕を祝う言葉がひっきりなしに寄せられており、どうやら冗談ではないらしい。 「その割には何か……、あんま嬉しそうじゃねえよな。こんなに祝われてんのに」 「まあ金になるようなもんくれんなら少しはね」 「お前な……、俺にもたかる気か?」 「まさか。お前はいるだけでいいよ。だから言わなかった」 え、と聞き返した頃には肩を押されて体勢を崩し、気付けば薄暗い天井が見える。 程なくして漸に視界を占領され、額にかかった前髪を慈しむように手で払われ、そのまま口付けを落とされる。 「何だよ……、もうやんねえぞ」 「誕生日、どうせ真宮ちゃん忘れるだろうから言わなかったんだよね」 「信用ねえな……」 「期待して空振んのもやだし」 「お前でも期待とかするんだな」 「お前がそうさせたんだろ……? 真宮ちゃんなしではいられない身体にされちゃった」 「やらしい言い方すんな」 「まあ切欠はどうあれ、これでもう知っちゃったわけだし、時間ならたっぷりあるから祝ってよ」 「さっきいるだけでいいって言ってたよな」 「それは知らねえ前提だから。じゃあ手始めに……、そうだなあ。数えきれねえくらい好き好き言ってもらおうかなあ」 「言うわけねえよな。お前はせっせと返信でもしてろ」 「だめだめ、忙しいから」 「何が忙し……」 反論を試みるも、首筋へと指を這わされて言葉が途切れ、視線で訴える。 それで引いてくれるなら話は早いが、彼といえば何処吹く風で指を遊ばせており、携帯電話はいつの間にか放置されている。 こうしている間にも、彼を祝う言葉が送られているようだが、今では見向きもしていない。 「あ~あ、真宮ちゃんにおめでとうって言ってほしいなあ」 「教える気なかったんだからいいだろ」 「お前に甲斐性があれば言ってる」 「納得いかねえ……」 「こうやって独り占めしてるのもいいけどさァ……」 「……ハァ。漸」 「ん?」 「誕生日おめでとう。ちゃんと全部に返事しとけよ? せっかくお前の誕生日を、おい……。おい、どこ触ってんだ!」 「話は後。真宮……、ありがとう。俺……、今日が今までで一番の……」 【END】

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