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残光のアンバー
「おみくじ?」
初詣を終え、参拝客の列から逃れながら、馴染みのない言葉を聞き返す。
「引くだろ? 当然」
「別にどっちでもいいけど、真宮ちゃん引きたいの?」
「当たり前だろ……? お前どっちでもいいとか何しに来てんだよ……」
「いや、お参りじゃねえの? 普通に。信じらんねえみたいな顔してるけどさァ。つうか、半ば無理矢理連れてこられたんだけどね。真宮ちゃんに」
ジャリ、と歩を進める度に、敷き詰められていた小石が控え目に音を立てる。
視線を向ければ、未だに拝殿から長蛇の列が伸びており、先程よりも増えたように感じられる。
後は来た道を戻るだけのつもりでいたが、どうやら初めから寄り道が確定していたらしく、傍らでは真宮が迷いなく歩いている。
「おみくじねえ……」
「まさかお前……、引いたことねえとか……?」
「流石にあるでしょ、俺でも。まあ自分からはねえかなァ、付き合い?」
「どんな付き合いだよ」
「お参りってのも、殆どねえかなァ……」
「まあ似合わねえよなあ、普通に。ハハハ」
「お前に言われるのは何か腑に落ちない」
社務所の前では、老若男女がお札やお守りを求めて次から次へと集い、おみくじを引いて一喜一憂する姿もそこかしこで見受けられる。
正直どちらでも良かったが、真宮が引くつもりでいるのならわざわざ断る理由もなく、足並みを揃えて近付いていく。
「交通安全とかいいわけ? バイク乗るでしょ」
「あ~……、まあな」
「俺から贈ってあげようか、安産祈願とか」
「新年早々命が惜しくねえみてえだな」
「いやでもそろそろ孕んでもおかしくないっていうか」
「テメエ此処を何処だと思ってんだよ」
「なら話の続きは此処を出てから」
「しねえよボケ!」
額へと目掛けて飛んできた拳を避けつつ、飄々と述べながら辿り着く。
お札を始め、色とりどりのお守りが所狭しと並び、家内安全などと様々な種類があって目移りする。
しかし真宮といえば、おみくじにしか興味がないようであり、それらには目もくれずに移動していく。
「何か意外」
「何がだよ」
「おみくじの虫なんだから、お守りなんかも好きなのかなあって」
「ムシ言うな。お守りはなぁ……、いや興味ねえとか、そういう事はねえんだけどな……。俺が用意する前に……」
「あ~、なるほど。持たされちゃうわけか。スゲエ納得したわ」
おみくじの前で肩を並べながら、自分から手を出さない理由に納得してしまう。
「それ絶対なきっちゃんいるでしょ」
「当たり前にいるな」
「何もらうの?」
「ん? 交通安全とか、つうかそればっか押し付けられるんだよなあ。ナキツに限らず」
「ああ、危なっかしいからねえ。真宮ちゃん」
「そんな事ねえだろ。ま、気持ちはありがたいけどな。あ、でも最近ナキツからは厄除け祈願貰うな」
「は? 厄ってまさか俺じゃねえだろうな」
不穏な気配を感じつつ、いざ引こうかと見下ろせば、干支にちなんだおみくじが隣にある事に気が付く。
真っ白な陶器で作られた見るからに愛らしいネズミが両手で筒状のおみくじを持っており、ずらりと可愛らしく並んでいる。
通常のものと比べれば幾分値は張るが、それでも愛くるしい見た目と、何よりも記念になるからと手にしては、先程から途切れる事なく参拝客に引き取られていく。
「真宮ちゃん、こっちにしようよ」
「あ? こっちでいいだろ。中身なんて変わんねえんだから」
「う~わ、モテない発言」
「何だよ、おい……」
「いいじゃん、こっちにしよ? 可愛いし、このネズミ」
「そういうの好きだったか? お前」
真宮が首を傾げるも、構わずに小銭を差し出し、目についたネズミを引き取る。
何だかんだとは言いながらも、真宮も倣っておみくじを引き、小動物を携えてその場を後にしていく。
「しっかしまあ、よく考えるもんだよなあ」
「感想がジジイ」
「あ? テメエ結果見て俺に謝れよ?」
「随分と自信があるみてえじゃん。真宮ちゃんには末吉とかしょっぼいの引いてほしいなァ」
「俺が引くのは大吉しかねえだろ。お前は凶な」
「別にそれでもいいけど」
「負け惜しみ」
「見てから言ってくれる?」
ああ言えばこう言うを繰り返しつつ、目当てのものを手に入れてから人波を外れて立ち止まると、どちらからともなくおみくじを引き抜いて開封する。
小さく丸められた賞状のようなそれを指で引き伸ばしていくと、徐々に全貌が明らかになっていく。
そうして目に留まった結果に、始めこそ何だか分からなくて一瞬理解が遅れるも、察してから顔を上げて真宮の様子を窺う。
「俺、大吉なんだけど」
「は!? 嘘だろ……、何かの間違いだろ……」
「嘘じゃねえから。ほら、証拠」
「うっ……、マジかよ。ありえねえ……」
「ちなみに真宮ちゃんは? あれだけデカい口叩いてたんだからやっぱ大吉かな~?」
「この野郎……」
「ねえねえ、なになに~?」
「うるせえな、末吉だ悪いか!」
しつこく問い質せば、やがて怒りながら真宮におみくじを押し付けられ、見ると確かに末吉と記されている。
「あ~……、なるほど。当たっちゃったわけか~」
「何だその哀れむような視線は」
「いやあ……、あんなに自信満々で楽しみにしてたのに何か、残念だなあって」
「末吉のどこが悪ィんだよ、吉だぞ!?」
「ああ、そうだよね。真宮ちゃんにしては上出来じゃない? まあ俺は大吉だけど」
「くっ……、こんなのおかしいだろ……」
「やっぱ日頃の行いの差かなァ~?」
「ありえねえ……」
本気で悔しがる真宮が可笑しくて、ついいじめてしまう。
日頃の行いの成果と言うならば、決して授かれる身ではないという事を誰よりもよく理解しており、だからこそ自分が一番結果に納得していないのだが、現に大吉と書かれている。
過去に数えられる程の参拝で引いたみくじの結果は、何であっただろう。
誰に誘われて行ったかも曖昧な記憶を掘り返そうとも成果は得られそうになく、そもそも大吉なんて引いた覚えはなかった。
「まあまあ、俺と一緒に居れば恩恵を授かれるんじゃねえの? お裾分けしてあげるよ?」
「テメエなんかの施しは受けねえ……」
「強がっちゃって。でもそうか……、大吉ってことは俺の思いのままに進むんだろうから、真宮ちゃんが率先して抱かれに来てくれるんだよね?」
「だよね? じゃねえよ、ンなわけねえだろ。頭わいてんのか」
「わいてませ~ん」
「いちいちムカつく奴だな……」
どういう意図でもたらされた結果かなんて分からず、興味もない。
しかし、例えどのような結果であろうとも、彼と訪れた此処での出来事はきっと暖かく、いつまでも記憶に残ってしまうのだろう事は分かりきっている。
この一瞬ですら、過ぎ去るのが惜しいと感じてしまうのだから。
「もう括り付けちまおうかな。コイツどうするか……」
「それちょうだい」
「どうすんだよ。いいけど。ほら」
目の前では、真宮がおみくじを折り畳んでいる。
ネズミの置物が欲しいといえば、首を傾げながらもすんなりと手渡され、今では二つを掴んでいる。
こういったものに興味がないだろう事は分かっていたので、求めればやはり簡単に譲られた。
「う~ん、この辺にすっか」
「持ち帰ればいいのに」
「大吉ならな!」
「これのこと?」
「見せんな!」
「いやあ、負け犬の遠吠えってやつ?」
「勝ち負けじゃねえからな……、勝ち負けじゃ……」
「めちゃくちゃ言い聞かせてるじゃん。可哀想」
「うるせえ!」
怒られても何処吹く風で笑いつつ、真宮がおみくじを木の枝に括り付けている様を佇んで見守る。
程無くして、他に幾つも結われている枝から離れると、彼が戻ってくる。
「ハァ……、何か腹減ったな」
「いいよ。なに食べてく?」
「それよかお前、どうすんだよ。そんなの二個も」
「う~ん、飾ろうかな。家に」
「は? お前にそんな趣味が?」
「真宮ちゃんが飾り始めたらキモいけど、俺なら大丈夫だから」
「どういう意味だ」
愛らしいネズミの置物を手の平に並べて眺めながら、境内を後にしていく。
彼は不思議そうにしていたが、飾ってもいいと本当に思っている。
「俺も別に興味はねえんだけど、何だろ。一人きりにするのも可哀想だし、しもべがいたほうがさ」
「おい」
「うそうそ。記念。楽しかったから。真宮ちゃん、今年もよろしくね」
「ああ……、おう、今年もよろし……く、したくはねえしいい加減くたばってほしいけど、う~ん、まあ……、くっ……、よろしくな……」
「歯切れわっる。つか今くたばれっつった?」
【END】
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