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はじまり

「飽きた。帰る」 唐突に漸が、顔を背けて列から抜けようとするので、思わず腕を掴む。 「おい、何やってんだ」 「なにって、並んでんの飽きたから帰る」 「あのなァ、ここまできて今更降りられるかよ」 「ならお前だけ並んでりゃいいんじゃねえの。俺もう疲れたし、全然進まねえじゃん」 年が明け、面倒臭がる漸を初詣へと連れ出すも、とうとう飽きたらしい。 急に黙ったかと思えば、いきなり帰ると言い出して踵を返そうとするので、慌てて引き寄せてしまった。 確かに今年は、例年よりも人出が多いように見受けられる。 参拝の列に並び始めてから結構な時間が経過したが、まだまだ遠くから鈴の音が聞こえるばかりで先頭が見えず、一体いつ辿り着けるのかも分からない。 だからこそ突っ立っているだけの一時に嫌気がさしたのか、傍らで漸が不満そうに口を尖らせている。 「寒ぃし眠ぃし腹減ったし列は全然進まねえのに真宮は突っ立ってろってうるせえし、これで凶とか引いたらどう責任取ってくれんの? マジで一生奴隷だからな? お前」 「うるせえなあ……、どうせ家に引っ込んでるだけなんだから良かっただろうが正月らしいことできて。つうかおみくじは引く気満々なんだな、お前」 「どうせ真宮ちゃん引くんでしょ。アレ去年なんだっけ、末吉? だっせ」 「そういうお前は……」 「え、去年俺が何引いたかって? 覚えてねえんなら教えてあげるけど」 「いや、いい。絶対に聞きたくねえ、やめろ」 昨年は漸が大吉を引き、散々からかわれたことを思い出して苦虫を噛み潰す。 今年ももちろんおみくじを引くつもりではいるが、コイツより良い結果でありますようにと願わずにいられない。 他愛ない会話をしている間に少しだけ前へと進み、それでもまだまだ時間がかかりそうな気配に、相変わらず隣ではつまらなさそうにあくびをしながら佇んでいる。 「真宮ちゃん、飽きた。あ~き~た。風邪引いたらどうしてくれんの? 責任取って看病してね」 「ガキかっつうの。大人しく待ってろ。テメエは風邪引かねえから安心しろ」 「俺はいやだっつったのに真宮ちゃんが無理矢理連れてくるから。ハァ……、そういうの良くないと思うんだよね。あ、なんか頭が痛くなってきた」 「しょっちゅうわがまま貫いてるお前が言うな。あと、うるせえ」 これみよがしに溜め息をつく漸を尻目に、新たな年を迎えた和やかな賑わいへと耳を傾けつつ、掴んでいた彼の腕を逃げ出さないようにダウンジャケットの物入れへ押し込む。 大人しく引き下がったとは到底思えないので、隙をついて行方を眩まさないよう手綱がわりに手を取り、勝手な行動を封じ込める。 てっきりぶつくさ文句を言われるかと思ったが、狭いポケットの中で不意に手を繋がれて思わず視線を向ければ、先程まで不機嫌そうであった顔が今はどうしてか綻んで見える。 「ふ~ん」 「なんだよ、その目は」 「べつに~? 真宮ちゃんもこういう事するようになったか」 「なんなんだよ……、さっきまでめちゃくちゃ不機嫌だったくせに」 「そうだっけ? 仕方ねえからもう少しだけ一緒にいてあげる。真宮ちゃんは俺がいいんだもんね」 「ハァ……? ホント意味分かんねえな、お前。つかなんでそんな……、機嫌いいんだ?」 【END】

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