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Eremurus
「ん……」
吐息を漏らし、僅かに身動ぎながら頬を擦り寄せると、何処からともなく囀りが聞こえてくる。
睡魔に抗えず、目蓋を下ろしたままぼんやりと思考し、どうやら夜が明けているらしい事を悟る。
きっと天気が良いのだろう、心なしか溌剌と鳥達が語らっているように感じる。
そろそろ起きようか、けれどもなかなか目を開けられず、なんとなく頭が痛くて気分が優れない。
体調が悪い、というよりは二日酔いであると気付き、微睡みながら昨夜の出来事を思い出そうとする。
誰かと酒でも飲んでいたのだろうか、出掛けていたような気もするが、どうやって帰って来たのだろう。
思案するも眠気が勝り、時おり息を漏らしながら身を捩ると、ふと違和感を覚えてするりと腕を伸ばす。
疑問符を浮かべながら触れ、無遠慮に指を滑らせてやがて体温を感じ、そうして一気に目蓋を押し上げる。
「なっ……」
瞬時に滑らせた視線の先では、腰へと絡み付く男の手が映り込んでいる。
つい先程までの眠気は何処へ、一瞬にして目覚めるも訳が分からず混乱し、どうして男と寝ていたのかと鼓動が激しく乱れ打つ。
熟睡している間に着衣が乱れ、肌へと直接温もりが触れていたにもかかわらず、寝惚けて今の今まで気付けなかった事が情けない。
最早飲み過ぎて頭が痛いなんて言っていられず、迅速且つ丁寧に昨夜の出来事を思い返そうとするも、焦れば焦る程に思考が縺れてどつぼに嵌まっていく。
意識すると途端に背後から寝息が聞こえ、息遣いがはっきりと伝わってくる。
とりあえず抜け出そうとするも、がっちりと纏わりついている腕がそれを許さず、何者かに後ろから抱き込まれている。
一体何が起きているのだと、未だ混迷を極めて身を固まらせており、彼を目覚めさせる気にもなれない。
ひとまずは、唯一の手掛かりである腕をもっとよく見ようと思い、服を捲って潜り込んでいる温もりを確かめてみる。
カーテンが光を遮り、薄暗くはあるものの視界は十分であり、残念ながら夢ではないようである。
そうして時が過ぎ行く程に嫌な予感が這い回り、懸命に紡ごうとする言葉を呑み込みながら、思考が再び緩やかに停止していく。
腕捲りしているストライプのシャツ、己よりも色白ですべらかな肌、すりと僅かに動いた指先からもたらされた微かな冷え、感触。
鼓動を速まらせながらも、目を背けたくても確かめずにはいられず、起こさないようにそっと彼の手に指を這わせ、嵌められているであろう其れを確かめる。
左手の中指と人差し指に収まり、一方には艶を帯びる漆黒の石が嵌められ、もう一方には荊が絡み付いているかのような指輪が鎮座しており、察した瞬間には嫌な汗がどっと吹き出してくる。
間違えようがない、勘違いであって欲しいと願ったところで無意味である。
「なんで……」
コイツが……、俺と一緒に寝てんだ……?
紛れもなくコイツは漸 だ……、それに此処は何処だ……?
囀りは続くもとうに聞こえず、視線を上げて一点を見つめながら硬直し、何だかよく分からないが大変な事態に陥っている。
暢気に寝て、どうしてか漸に背後から抱き寄せられており、一夜を共にしていたようである。
だらだらと冷や汗が溢れそうで、完全に思考は沈黙して状況を把握出来ず、今のところ漸からは何の反応もない。
だんまりを決め込みながらも胸裏では騒がしい事この上なく、そうしている間にも彼は背中にくっついてすやすやと大人しく眠っている。
ひとまず抜け出さねば、と先程までよりも強く思い、けれども面倒な事にしかならないので絶対に彼を起こしたくはない。
しかし腕をどかさない事には逃れられず、無理矢理に引き剥がそうものなら気付かれるかもしれない。
だがいつまでも背後を取られていたくないと、今更な事を思いつつもぞもぞと静かに動こうとするも、こんなに深く抱き込まれていては容易に抜けられない。
その上、今になって下腹部の異変に気が付いてしまい、よりによってこんな状況でと自分がほとほと嫌になってくる。
微睡みから一気に引き上げられ、全くそれどころではなかった為に意識もせず、今更になって下腹部が熱を孕んでいる現実を思い知らされて悄気てくる。
「マジかよ……、くそ」
仕方のない事とはいえ、どうしてよりによってこのような事態でと恨みがましく思い、どうしたらいいのだと情けなくなる。
自己嫌悪を募らせるも解決には至らず、一刻も早く抜け出さなければと躍起になるも、捕らわれたまま時間ばかりが過ぎていく。
下手に動いて起こすくらいなら、このままじっと暫くを過ごして鎮まるのを待とうかと思うも、居心地が悪くて一分と待てない。
「ん……」
このままでは困る、だが起きたらもっと困る、どうしたらいいのだと頭を悩ませていると、不意に甘やかな吐息が漏らされて思わず固まってしまう。
さらりと髪が首筋を撫で、ひくりと反応を示してしまうも、彼は擦り寄るだけでどうやら起きたわけではないようだ。
背中が温かく、息遣いを間近で感じ、気付かれたわけではない事にほっと胸を撫で下ろすも、事態は何にも解決していない。
眉根を寄せ、時おり僅かに動く指先にも対処しきれず、このような時まで振り回されてしまっている。
大人しくしているのも癪で、やはりなんとかして此処から抜け出そうと彼の腕に触れ、次いで手に指を這わせてそろそろと動かす。
先程よりは力が緩んでおり、上手くいけば拘束から逃れられる可能性もあると言い聞かせ、指に指を絡み付かせて身体から離れさせようとする。
「何してんの……?」
すり、と意思を持って指を擦られたのと同時に、耳元で艶やかに囁かれ、思わず背筋がぞくりと痺れる。
ハッとして、次の言動を考え、纏まるよりも先に起きようとしたところを、敷布を這ってもう一方の腕が滑り込み、両の腕を回されて寝台に引き戻される。
「そんなに慌てなくてもいいじゃん。おはようくらい言わせてよ。ね、真宮……」
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