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Eremurus

「は~、満腹ッス」 左側から満足げな声が聞こえ、何とはなしに視線を向ければ、有仁が両手で腹を擦りながら笑んでいる。 「評判なだけあって、美味しかったですね」 次いで右側から声が聞こえ、視線を向ければナキツと目が合い、ふっと穏やかに笑い掛けられる。 「そうだな。てっきりまたケーキ食わされんじゃねえかとヒヤヒヤしたぜ」 なあ、とナキツに笑い掛ければ静かに頷き、話を聞いていた有仁がすかさず割り込んでくる。 「その辺は安心してほしいッス! なんと……、また新たなケーキ屋を発見しました! わ~! やったね!」 「行かねえからな」 「え、なんで!? なんでなんすか、真宮さん! そんなつれない事言わないでほしいッス~!」 「ああもう、引っ付くな! 鬱陶しい!」 星が瞬く空の下、縋り付いてきた有仁を小突きつつ、賑やかな繁華街を三人で語らいながら歩いていく。 すっかり夜も更け、近くで食事を終えてきたところであり、特に次の目的もなく肩を並べている。 今夜の誘いは有仁からで、生粋の甘党であるが故に戦々恐々としていたのだが、蓋を開けてみればラーメン屋で肩透かしを食らう。 珍しい事もあるものだと思いつつ、それでも有仁だからと気が抜けず、まさかケーキラーメンなんて地獄の一品が出てくるのではないかと考えたりもした。 しかし結局のところ、純粋に美味しい食事処ですっかり満足し、穏和な雰囲気で一時を過ごしている。 だが余計な事を言ってしまったようであり、今まで散々付き合わされてきたというのにまだ足りないのか、日を改めてまたケーキを食べに行こうと傍らでせがんでいる。 「ハァ……、ナキツ。お前からも何とか言ってやれよ」 ケーキケーキと騒いでいる有仁から顔を背け、一連を見守っていたナキツへと声を掛けると、我が儘を黙らせるべく応援を求める。 「俺は……、真宮さんと一緒なら何処へでも喜んで付いて行きますよ」 にこりと微笑まれ、加勢を期待していた為にばつが悪く、何をまた恥ずかしげもなく言っているのだと言葉を詰まらせる。 有仁と言えば、強力な味方を得たとばかりに騒がしさを増し、相変わらずくっつきながら上機嫌に口を挟んでくる。 「お前な……、そういう事言ったらまたコイツが調子に乗んだろ」 「よくぞ言ってくれたナキっちゃ~ん! ほらほら、ケーキ食べたいッスよね! 今からでも~!」 「ほら見ろ、言わんこっちゃねえ。どうすんだコイツ」 腕に絡み付いて離れない有仁を一瞥し、溜め息混じりにナキツへ声を掛けるも、彼は柔和な表情を崩さないまま唇を開く。 「有仁と二人きりは御免ですが、真宮さんが居てくれるなら何処へ行ってもきっと楽しいですよ」 「なんか今サラッとめっちゃ酷い事言われたんすけど! ナキっちゃん!?」 「俺は楽しくねえ」 「そうですか? でも結局は付き合ってあげるんですから、本当に優しいですよね。真宮さんは。そういうところも好きです」 「お前……、からかってんだろ。何を言ってんだよ、いきなり……」 「からかうなんて、そんな事しませんよ。照れないで下さい」 「ちが、お前ふざけんなよ」 「俺は真剣です」 「うっ……、有仁~!」 「ちょ、なんで俺なんすか~! 痛いし!」 その後もやんやと言うも、ナキツは意にも介さず落ち着いており、ずっと静やかな雰囲気を湛えている。 にこりと笑い掛けられ、咄嗟に視線を逸らすも逆効果であり、心なしかナキツが楽しそうにしている。 相変わらず恥ずかしげもなく紡がれ、どうしたら良いものか分からなくなり、逃れるように有仁を小突いて平静を装おうとする。 「ん? アレ、あそこに居るのって……」 戯れていると、有仁が何かに気付いた様子であり、ぴたりと動きを止める。 じっと一点を見つめ、その者の正体を確かめようとしており、急に黙り込んだかと思えば注視している。 一体何を見ているのか気に掛かり、ナキツと共に並んで立ち止まると、有仁の視線を追って対象を探す。 道行く者を掻き分け、先で立ち話をしている幾人かが目に留まり、程無くしてハッと息を呑む。 今一番会いたくない相手が佇んでおり、人違いであればどんなに良かっただろうかとげんなりしてくる。 「銀髪野郎のお出ましじゃないすか……」 「そうみてえだな……」 「一人でしょうか」 「近くに仲間が居る可能性が高いな」 「どうするんすか?」 「構うな。ほっとけ」 「了解! と言いたいところなんすけど気付かれたっぽい……?」 一人ならまだしも、現況で彼と関わるには都合が悪く、何よりもナキツや有仁に会わせたくない。 だからこそ今夜は放っておこうとしたのだが、そういう時に限って気付かれてしまい、群衆から向かってくる姿が映り込む。 あの時以来の再会であり、当然ながらあれから一切連絡を取り合っていない。 余計な事を口走られたらたまらない、同時に自らの発言にも注意しなければならない。 「うわ~、こっち来てるッスよ。相変わらずホント顔はいいっすよね。顔だけは」 「仕方ねえな……。手ェ出すなよ」 「どっちかっつうと真宮さんが一番手ェ出しそうじゃないすか?」 「うるせえ」 「わはっ、図星? 俺らなら大丈夫ッスよ~! 言い付け破ったりしないんで。なあ、ナキツ!」 有仁が声を掛け、ナキツへと視線を送る。 倣って顔を向けるも、ナキツは暫く黙ったまま立ち尽くしており、じっと一点だけを見つめている。 その先に誰がいるかなんて分かりきっており、つい先程までの柔らかな雰囲気が嘘のように、厳しい眼差しを注いでいる。 「ナキツ……」 「あ、すみません。どうかしましたか?」 「いや……」 一瞬躊躇うも、名を呼べばようやく気が付いたらしく、柔和な笑みを湛えて視線を向けられる。 何も言えず、言葉を濁して視線を逸らせば、彼がもうすぐそこまで迫ってきている。 「こんなところで会うなんて、奇遇だね。今夜は三人で何処へ……? 本当に仲がいいね」 忘れたくても忘れられず、優しげな声が聞こえてきたかと思えば、目の前までやって来た青年が立ち止まり、笑みを浮かべている。

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