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第16章の10
一方で、肝心の鈴音はといえば、さすがに麻也に向けてくるまなざしは、
この前のファンらしいものとは違って仕事モードだが…
歌にもそう個性があるわけでもないし、上手くもないが、レッスンはきちんと受けているという感じだ。
ようやくマネージャーを挟んで至近距離で指示したり、提案したりできたし、それに素直に従ってはくれるものの…
(…ロック畑の俺には物足りない歌手だなあ…)
アイドルとはいえ、<大型新人>として売り出されることのプレッシャーと闘っているのも伝わってくるが、
麻也には相変わらず、売れる素材なのかという不安がある。
(まあ、ルックスは整っている方なんだろうけど…)
シングルとアルバムは同時リリース。名だたる大物ミュージシャンが曲を提供している。
が、この日時間を無理やり割いたのは若手の麻也だけで、
あとの大物はプロデューサーにお任せらしい。
(アルバムにも入る、デビューシングルの曲は俺なのにな…)
そこで麻也は改めて思い知らされる。若い自分が抜擢されたのも、
<今、大人気のバンド・ディスティニー・アンダーグラウンド>の看板があってのことなのだ、と。
それで今日の冷遇も納得できる気がしたが…まあ、若い男から彼女を守る意味もあっただろうが…
リハーサルが終わり、メンバーが待つスタジオへ戻ろうと麻也は最後の方に部屋を後にした。
が、エレベーターに向かって歩いていると、一緒に立ち会ってくれた鈴木が珍しく無言で、
表情が暗いのが気になった。
彼も何か嫌なことに気づいたのかも…と不安になった麻也は、
話しかけられるまでは自分からは尋ねないと決めた。
そんな時…前の方から、姿は見えないが、男二人の会話が聞こえてきた。
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