844 / 1053

第16章の10

 一方で、肝心の鈴音はといえば、さすがに麻也に向けてくるまなざしは、 この前のファンらしいものとは違って仕事モードだが… 歌にもそう個性があるわけでもないし、上手くもないが、レッスンはきちんと受けているという感じだ。 ようやくマネージャーを挟んで至近距離で指示したり、提案したりできたし、それに素直に従ってはくれるものの… (…ロック畑の俺には物足りない歌手だなあ…) アイドルとはいえ、<大型新人>として売り出されることのプレッシャーと闘っているのも伝わってくるが、 麻也には相変わらず、売れる素材なのかという不安がある。 (まあ、ルックスは整っている方なんだろうけど…) シングルとアルバムは同時リリース。名だたる大物ミュージシャンが曲を提供している。 が、この日時間を無理やり割いたのは若手の麻也だけで、 あとの大物はプロデューサーにお任せらしい。 (アルバムにも入る、デビューシングルの曲は俺なのにな…) そこで麻也は改めて思い知らされる。若い自分が抜擢されたのも、 <今、大人気のバンド・ディスティニー・アンダーグラウンド>の看板があってのことなのだ、と。 それで今日の冷遇も納得できる気がしたが…まあ、若い男から彼女を守る意味もあっただろうが…    リハーサルが終わり、メンバーが待つスタジオへ戻ろうと麻也は最後の方に部屋を後にした。 が、エレベーターに向かって歩いていると、一緒に立ち会ってくれた鈴木が珍しく無言で、 表情が暗いのが気になった。 彼も何か嫌なことに気づいたのかも…と不安になった麻也は、 話しかけられるまでは自分からは尋ねないと決めた。  そんな時…前の方から、姿は見えないが、男二人の会話が聞こえてきた。

ともだちにシェアしよう!