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第5章の58

 シングルのレコーディングに向けてのアレンジ制作、 リハーサルは麻也以外は初めてのせいもあって、本当に大変だった。  麻也以外のメンバーには、木内からのダメ出しも多い。  木内たちスタッフが帰った後も、メンバーだけで残り、 終わるのが明け方、なんていうのもざらだった。    そしてそんな次の日は午前中から、CDのジャケットデザインの選定や、 衣装決め、ポスターの撮影…そしてリハーサル…  毎日一緒に諒はいるのに、キスすることも、愛の言葉を伝え合うこともできない。 仕事に関する会話だけというのがなんとももどかしい。 諒のことを思うとかなりドキドキする日もあり、 そんな日はあまり諒のそばに近づかないようにしていた。  そして帰宅も遅く、また真樹の手前もあるので、電話もできない。 メールだけが頼りだった。 ―諒は生身の楽器だから、コンディションには気をつけて。愛してるよ、諒。 ―麻也さん、強力に協力して。キスして。明日、魔法の練習のふりで。だめ? ―ライブのリハじゃないと無理だよ~。職場の環境も考えないと…だからこれで、俺の精一杯のキスを贈ります。  愛してるよ、諒、ちゅっ。 すると諒にしてはしばらく間が空いた後、 ―麻也さん、ありがとう。嬉しくて涙出ちゃった。麻也さんの最大級のキスだってよくわかったから。俺も麻也さんのこと愛してるよ。ちゅっ。  いよいよシングルのレコーディングが始まり、 リズム隊、ギター、ボーカルの順に音を録り、のせていく。  最初のレコーディングなので、毎日全員でスタジオに詰め、すべての作業を見守っていた。  A面はスローで、ややムーディーな耽美的な曲だ。    レコーディングブースの中で、諒がマイクに向かってしっとりと歌いあげる。 「上手い。個性的な声だし。これでばっちりでしょう。」 木内の声を、麻也はうわの空で聞いた。

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