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第5章の59

 プロとしてあるまじきことだが、麻也は冷静に諒の歌を聴くことができなくなっていたのだ。 (いつの日か…あの諒とのことは、身内だけにでも認めてもらいたい…) 諒の勇姿から、麻也の思いは諒との軽口のレベルを越え、切実なものになっていった。  B面は麻也が作ったアップテンポの曲だ。ノリよく、こちらも早めに作業を終わらせることができた。  そしていよいよアルバムのリハーサル…だが、 それと並行してプロモーションビデオの撮影が… 演奏シーンが多いのだが、若干の演技力は求められ…たが、諒以外のやや大根ぶりは監督がどうにかカバーしてくれた…  そして、大量の取材… 「宣伝作業もおろそかにしないで下さいね。 出してもらってナンボの世界ですからね。」  もうそろそろ飽きてきた仕出しの弁当を食べている頭上から、 ベテランマネージャーの須藤の声が降ってくる。    麻也も他のメンバーたちにぼそっと言う。 「こんだけ取材が入るなんてありがたいことだよ。 前のバンドなんて、ボーカルが適当にやってたら、 あっという間に雑誌もテレビも来なくなった。」 みんな麻也の言葉を真剣に聞いている。 「ミュージシャンなんだから音で勝負でしょ、ってのも本当だけど、 宣伝しなきゃ誰もライブに来ないよね。 アマチュア時代より、はるかに動員増やさなきゃいけないんだし。」 「動員ねえ…」 他の3人はため息をついた。

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