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第5章の77

 家に帰ると、真樹の手前もあって、麻也は明日のツアーに持っていく身の回り品をバッグに詰め始めたが、一向に進まない。  そんな時、麻也は思い出した。 「あ、諒に優しい言葉をかけるんだった…」 でも、電話すら、今の自分にはできない…つらい… 仕方がないので、メールにした。 ―諒、ライブ前日なのでしっかり休んでね。ツアー頑張ろう! 悪魔の魔法も頑張ろうね。 送信した。 悪魔の魔法はどうだろうな…とは思いながら。 明日リハーサルで、やるとわかったら、真樹に大目玉をくらいそうだとも思うが… ふと、気づいた。 このメールを、諒はどこで読むのだろう。 あの部屋で一人で、ならいいが、お腹の大きい彼女に寄り添って、新居ででも読むのだろうか… 胸が、痛い… でも、自分はプロなのだ。そして「仕事仲間」たちと、何としても東京ドームのステージに立つのだ… そう自分に言い聞かせても、涙が、あふれてくる…  すると、諒からメールが着信した。 ―メールありがとうございました。すごく嬉しかったです。初のツアー、頑張ります! 悪魔の魔法も。麻也さんもお体にはお気をつけて。 …そこにはもう、恋人同士の甘やかな行間はないように思えた…  ツアーの初日は、キャパシティ的には200人くらいのライブハウスだった。  移動の最中も、麻也は諒を避けていた。気づかうように真樹がずっと一緒に動いてくれた。

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