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第7章の16
「俺の知らない兄貴の姿があるのかな? 何せ絶倫姫だもんね。
前のバンドじゃブイブイ言わせてたってのも聞こえてきたし。
つきあった男ってのも聞いたよ。俺は信じたくなかったけどね。」
「真樹! 」
誰だと聞いたのか、よっぽど尋ねたかった。でも…
「諒も知ってると思うよ。でも、それでもつきあうっていうんだから、
諒も本気なんだろうね。」
事務室のドアが開く音がした。すると真樹は、
「兄貴の前の事務所がらみだからって、そこまで責任を感じる必要はないんじゃないの? 」
「…」
「にしても、俺、何か納得できないわ。兄弟の縁も切れたって感じ。
まあ、麻也さん、せいぜい頑張って。」
と、去っていく真樹の後ろ姿を、麻也は見送るしかなかった。
心配した表情の諒が歩み寄ってきたが、それを無視して、
真樹は足早にエレベーターの方へと向かっていった。
「麻也さん…」
諒に優しく声を掛けられても、麻也は返事ができなかった。
本当は諒に訊きたかった。でも、訊けなかった。
自分のいまわしい過去を知っているのかどうか…
「麻也さん、今日は帰ろう。疲れたでしょ。」
諒の笑顔に、麻也は救われた気がした。
帰りはいつものイタリアンレストランに寄ったが、
麻也が特に落ち込んでいたので、ほとんど会話にならなかった。
ワインばかりが進み、諒に「飲み過ぎだよ」と、止められたほどだった。
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