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第8章の38

真樹もそれに気づいて振り返り、 「何、アイツ兄貴置いて帰る気? 」 しかし、諒は麻也の方には見向きもせず、スタジオを出ていく。 「俺が真樹んとこに逃げるとでも思ったんじゃないの…」 と言いながらも寂しくなってしまった麻也だが、 無理に諒の後は追わず、別のタクシーで家を目指した。 敵前逃亡は嫌だった。  それにしても…やっぱり諒はモテるんだ…何だか現実を突き付けられた思いだった。  でも、なぜ自分には黙っていたんだろう… もしかして、その女優さんに惹かれるものがあったのだろうか…  もともと諒は、大人びたところのあるヤツだし、 何よりもうすでに人生のフルコースを味わっているから… 若さの上に深みや艶のようなものがあって…それが年上も惹きつけるのかも… でも、その一部には俺とのレンアイだって…入っていてほしい… あんなに素敵な諒との夜を、独り占めしている…はず…なのだから…  ここで麻也はふと気づく。  諒とのことで自分が自信を持てないのは、 自分という存在がいまだに信じられないからではないかと…  やっぱりそれは…  あのいまわしい事件がいつまでもぬぐえないのか…  でも、だからといって、諒にすべてを打ち明けることもできないし、 打ち明ければ諒を失うかもしれないし、諒を傷つけることにもなるかもしれない…  麻也はまた暗い気持ちでため息をついた。

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