330 / 1053

第9章の8

だが、珍しくキスもハグもなしだ。そして、 「麻也さん、俺のわがままきいて。そしたら俺、気持ちをリセットできる気がする。」 麻也はほっとして尋ねた。 「何? 何でもするよ、俺…」 「今日の打ち上げ、一切出ないで。」 「なあんだ、そんなことか…」 とは言ったものの、本当は諒のいる酒の席が麻也は大好きなのだ。 でも仕方がない。 「で、この部屋で俺だけを待ってて。しらふで。」 「うん。わかった。約束するよ。」 ようやく諒の顏から暗い影が消えた気がした…笑顔にはならなかったけれど…  リハーサル。  まだ観客の入っていないステージの上ではドラムの調整がもたついているので、 麻也はしゃがみこみ、 その調整が終わるのを待っていると、背後から諒の大きな手に両肩を掴まれた。 「麻也さん、いい眺めだね。 俺たち、地方でもこんなにお客さんが入るようになったんだね…」 今日のホールは1500人ほどが収容できる会場だ。 麻也はそのことも、また諒が触れてきてくれたことも嬉しくて、笑顔で振り向いた。 すると、 「麻也さん、ここでキスはダメだよ。スタッフいるし。」 「もー、そんなつもりじゃないよっ! 」 すると、諒は白々しく、 「もう、しょうがないんだから…」 と、勝手に軽く触れる口づけをくれた。嬉しかった。 背後で誰かがぎょっとしている気配も感じたが、ツアー中は仕方がない。 慣れてもらおうと麻也は思う。

ともだちにシェアしよう!