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第9章の10
追っかけらしいタクシーはなぜかついてきたが、
追っかけそのものには出くわさず、麻也は無事にホテルの部屋にたどりつくことができた。
「麻也さん、僕、残りましょうか? 」
「いや、そこまでひどくないから…カゼ薬のんでおとなしくしてるよ。」
「食事は…? 」
「今はいいよ。ありがとう。」
そして鈴木が打ち上げの会場に戻って行ったのを見すまして、
麻也はソファの上に横になった。
テレビをつけてもつまらないので、備え付けのインスタントコーヒーを飲みながら、
持ってきた小説本をぱらぱらとめくったが…
やっぱりライブの興奮というか、熱は体の中にこもったままで…
(平常に戻るためには、やっぱ打ち上げで発散するのが一番なんだけどな…)
と思ってから、本当のことに気づき、麻也は一人で頬を赤らめてしまった…
(…いや、諒との…が欠かせないんだな…ううん、今となってはそっちの方が…? )
…諒の激しさ、美しさ、でも、すべてが終わった後の優しいまなざし…あたたかなぬくもり…
今日はそっちの方はいただきたいものだと思う。アルコールは我慢するとしても。
(やだな、俺、何考えてるんだろう…)
…その時、携帯ではなく、部屋の備え付けの電話が鳴った。
諒からだった。
―麻也さん、今、何してたの?
「コーヒー飲みながら、本読んでた。」
―いいね、いいねー。
何がいいのか麻也にはさっぱりわからなかったが、
―俺も一次会終わったら早く帰るから。
「えっ、いいの? せっかくだからゆっくりしてきなよ。」
―えーっ麻也さんそれで寂しくないのぉ?
「寂しいけど、大丈夫だよ。」
すると、人でも来たのか、
―じゃあ、まあそんなことで。
と、電話は切れた。
そして、それから10分もたたないうちに、ドアの開く音がして…
抜き打ち検査でもするような冷ややかな表情で諒が入ってきた…
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