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第41話
「早川くん、どうしたの。夜更かし?」
休日明けの早出。店舗へと行くと、野口が開口一番言った。向けられた言葉について自覚があった泉は苦笑いを浮かべながらレジカウンターにある所持品用の自分の引き出しにスマホや財布を入れる。
「……ちょっと眠れなくて」
「ゲームでもしてたの?」
「……まぁ」
曖昧に頷いて泉は掃除してきます、とモップを取りに行き店舗スペースの掃除を始めた。
単純にまったく眠れなかった。もちろん涼介とのことだ。どうしてああなってしまったのか、なんで流されたのか、なんであんなに……。と、涼介の家から帰りついて、ずっと、今朝までぐるぐるし続けていたのだ。
我ながらバカだとは思うが、まさか初体験をこうもあっさりするとは思わなかった。それに――尻にいまだになにか挟まったような違和感が続いていて落ち着かないのだ。
泉はため息をつく。いつの間にか手が止まっていて大きく首を振る。
涼介とのことは割り切る割り切れない以前に現実なのにいまだに信じられないでいるのだ。
身体に残るダルさや違和感がリアルだと知らせてるにも関わらず。
エッチって……めちゃくちゃ恥ずかしいんだなぁ。
そんなことが過って、我に返る。いまは仕事中だ。集中、集中。
ごしごしと隅から隅までモップをかけていく。それが終わったら店舗内に置いてある観葉植物の水やりをして、商品の補充をしていく。そうしている間に館内にオープンを知らせるアナウンスが鳴った。とはいっても平日、オープン早々客は多くない。たいてい午前中はのんびりとした時間が流れていく。
気持ちを切り替えて仕事に集中していけばようやく昨日からパニックのままだった心も落ち着いてくる。
接客や野口と商品のことについて話しているうちに時間は11時にさしかかっていた。
「お疲れ様です」
カウンターへ声がかかり、見れば宅配業者だ。
二箱の段ボールをカウンター内へ運んで、野口が受け取りサインをしている間に泉は開梱していく。明細と商品のチェックをし品出ししていった。
余計なことは考えないように目の前のことに集中し在庫整理していると不意に声がかかった。
「お疲れ様」
一瞬自分にかけられた声だとわからず、ただ声がしたと商品を手にしゃがみこんでいた泉は視界の端に映った黒の革靴に動きを止めた。丁寧に磨かれた革靴。一気にそれが誰のものか、声をかけたのが誰かを認識して顔を上げる。
そこにいたのは笑みを浮かべた一貴。
「……お、おつかれさ……っわ」
優しく向けられてる笑みにどきりとしつつ慌てて立ち上がろうとしたがバランスを崩して尻餅をついてしまう。
大した衝撃ではなかったが違和感の残る臀部に響く鈍痛に顔をしかめた。
「大丈夫?」
目を丸くしたあと可笑しそうに目を細めた一貴が泉の手を取り引っ張り起こしてくれた。
思いがけず触れた体温にカッと首のあたりが熱くなるのを感じる。同時に直視できない気持ちにかられて視線を逸らしてしまった。
「だ、大丈夫です。ありがとうございますっ……。お疲れ様ですっ」
舌を噛みそうになりながら一通り言い切って、逸らしたままにもできないのでそっと一貴を見る。目がしっかりとあって、気恥ずかしさとーー俯きたいような気持ちが同時に湧いてきた。
なんだ、これ。
よくわからずソワソワして泉は視線を泳がせる。数秒の間が空いて、
「今日も元気が良くていいね」
頑張ろう、と一貴が軽く泉の肩を叩いてレジカウンターへと去って行った。
途端に安堵する。
そんな自分に驚いて首を傾げながらレジが見える位置へ移動しカウンター内にいる一貴の横顔を眺めた。
やっぱり好きだ。
素直にときめく。のに、ちらりと、チクチクと心臓が痛む。
謝りたい、というような感覚。
謝るってなにを。
思考を巡らせるも出てきたのはため息で、胸に宿った感情がなんなのかそのときはまだよくわからなかった。
***
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