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第42話
昼休憩に入り、泉は休憩室へ向かった。
休憩室はどこの店舗の社員でも使えるからかなり広い。昼の時間帯ということもあって混んでいる中、適当に空いている席に座って買ってきたパンを食べる。今日はメロンパンとクリームパン。妙に甘いものが食べたい気分だった。
メロンパンにかじりついて咀嚼して飲み込んで、深いため息がこぼれる。
休み明けだからか、いやそれだけじゃないのは泉自身よくわかっているが心労がひどかった。
涼介とのことを考えないようにしよう、そう意識しながら仕事をして、そうして一貴が視界に入ると先日までとは違った緊張を持って挙動不審になってしまうのだ。
一貴を見ればホッとしたような気持ちが湧いて同時に胸の奥が痛む気がする。
もそもそとメロンパンを食べ続けて口の中の水分が失われていく。ぼうっと食べていくうちに口の中いっぱいになって、ようやく泉は缶コーヒーを飲んだ。パンを胃に流しこんで大きなため息がまた落ちてしまう。
「あ~……」
メロンパンは食べ切って、あとはクリームパンだが手が伸びずにそのままテーブルに突っ伏してしまった。
自分が何を考えているのか、想っているのかよくわらない。
涼介とのことはインパクトが強すぎて思考が追いつかない。
「あ~あ~」
周りから見れば変に思われるかもしれない。しかし耐えきれずため息混じりの呻きが出ていく。
もやもや、もやもやとした頭の中と心の中。
何度目かのため息が出かけたとき、テーブルに置いていたスマホが振動しだした。ガタガタと小刻みにテーブルの上で動く音にびっくりして顔を上げれば振動はおさまっていた。
そろそろと手を伸ばして画面を見るとLINEの通知で、悩みの種の涼介からだった。
な、なんだろう。
未読通知が3件で最後がスタンプ送信されているから内容がわからない。どうしようか迷って、先に延ばしても気になり続けるだけなので開いてみる。
『今日のランチ~』
というメッセージと、たっぷりの肉が乗った丼ものの写真と、そして『おいしい!』とフレーズの入った可愛らしいキャラクターもののスタンプ。
ポカンとそれを眺めて、一気に脱力した。
「な、なんなんだ」
呟いた瞬間、またスマホが振動して開いたままだったためメッセージが表示される。
『泉くんお昼食べた?』
既読がついたから昼休憩ということに気づいたんだろう。
泉は他愛ない問いなのにわずかに焦った後、カメラモードにして空の袋とクリームパンを映して送信した。
『食べてます』
そう打って、すぐに、
『すくなっ!』
と返ってくる。
『足りる?』
『なんとなく』
『肉おいしいよ』
『おいしそうですね』
『めっちゃ柔らかい』
『いいですね』
ポンポンポン、とやり取りが続いていく。どうでもいい、と言ったらなんだが、どうでもいいような内容をスタンプまじりに続けていると、特にこれまでの涼介と変わらないなと安堵してきた。
これまでも他愛のないやり取りはよくしていた。
『今度美味しいお肉ごちそうしてあげるねー』
『まじですか。ありがとうございます』
『うん! 今度誘うね。今週は忙しいから来週末あたりとかどう?』
『大丈夫です』
『了解! じゃ、仕事戻るー』
『はーい』
またね、とスタンプが送られて来て、終了。
受信が止まった画面をまじまじと眺めて、眺めて、眺めて眉を寄せた。
「……あれ?」
トントントン、とやり取りして。
「ん?」
画面をスワイプさせて、んん?、と唸った。
「……もしかして来週末、飯食う約束……」
してる、な。
はっきりと残されたやり取り。
「……べ、別に。飯……」
あーーーと、泉は再びテーブルに突っ伏して唸った。
なんにもない、なんにもない! けど、絶対緊張するだろおおお。
と内心叫ぶ。
なんで軽率に返事してしまったんだろう。何も考えていなかった自分を呪いたくなりながら悶々としているうちに休憩時間は終わりに近づいていった。
結局食べなかったクリームパンをエプロンのポケットに入れて、休憩所を出ると売り場へと戻る。
カウンターには一貴ひとりで客はちょうどいなかった。
「……お疲れ様です」
カウンターに来るまでは一貴のことをつい見つめてしまっていたのに、傍へ来てみれば視線を合わせることができなかった。不自然にならないように俯きがちに引き出しへパンやスマホを入れていく。
「お疲れ。ちゃんと食べてきた?」
「は、はい」
「今日はパン?」
さっとカウンターから売り場へと出ればよかったのに、一貴が話しかけてきたのでタイミングを逃してしまった。
「はい……」
ずっと俯いているわけにもいかないのでそろそろと顔を上げる。
途端にばっちりと目があってしまった。思いがけず優しい眼差しが向けられていて顔が熱くなるのと急速に心臓の音が速くなっていくのを感じる。
やっぱり俺店長のこと好きだな。
そんなシンプルな気持ちが頭の中を埋め尽くして、今度は気恥ずかしさで目が合わせられなくて泳がせてしまう。
「今度またご飯でも行こうか」
「……えっ」
突然にこにこと言われ、軽く混乱する。
いやこれまでもラーメンをご馳走になったこともあるし、涼介と親しくなるキッカケになったときも一緒に食事へ行ったのだ。
「は、はい。ぜひ」
でも急にどうしたんだろう。
頭の隅でちらり浮かんだが、誘われて平静なわけもない泉は何度も首を縦に振った。
一貴が口を開きかけ、それが言葉になる前に電話が鳴り出す。
スッと仕事モードの顔つきになった一貴がすぐに電話を取り喋りだした。
同時にレジへと客がきて泉は接客にはいる。
そのあとは自然と仕事の話のみになり、一貴との食事の日程については特に決まることなく終わった。
それでも一貴に誘われたという事実は胸に残っていて、ふわふわ弾んだ気持ちで一日中過ごすことになってしまった。
***
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