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第4話
八木涼介。
泉がもらった名刺には大手文具メーカーの社名と名前が印字されていた。
「はじめまして、八木です。この店舗担当になりました。ご挨拶をしにきたらソッコーで、こき使われちゃいましたけど」
モテそうだな。
それが泉の涼介への第一印象だ。
「ちょうどタイミングよく来たからな」
「相変わらず先輩は人使いが荒いですね。おっと、水野店長、でしたね。店長就任おめでとうございます」
商業施設の飲食以外のフロアは午後9時までだ。
現在八時過ぎ。売り場にはひとりふたり客がいるくらいで静けさに包まれていた。
カウンターの中には一貴と泉。そしてカウンター越しに涼介が立っている。
「ああ」
泉は名刺から視線を上げ涼介を、そして一貴へ移し、また涼介に戻した。
改めてみてもモテそうだ、とそんなイメージが泉の中に浮かぶ。
この売り場にある多くのものを発注している有名文具メーカーに勤務する涼介。
ネイビーのスーツにブルーの水玉のネクタイを締め、若干染めているのだろうかダークブラウンの少し癖のある髪を無造作風にふわっとまとめている。
絶対モテる、と何度目か泉は心の中で呟き、首を傾げた。
「……先輩?」
泉の口から出た疑問に涼介が明るい笑顔で教えてくれる。
「水野店長と僕は同じ高校の先輩後輩なんですよ。僕が一年のときの三年で、部活が一緒だったのでよく知ってるんですよ。卒業後はそんなに会っていなかったんですがまさか仕事で再会するとは思いませんでいた」
「八木は本店の担当もしてるんだ」
「ええ。まぁうちのメーカーからは本店にもこちらにももうひとり担当が付きますけどね。僕は筆記具や手帳などがメインの担当になります」
一貴と涼介が同じ高校。だからこんなに気安い雰囲気が漂っているのか、と納得する。 同時にふたりが二歳差ということは涼介が25歳だと知る。
きっと大学を卒業して社会人三年目だろう。
自分が5年後涼介のようにスーツを着こなし仕事をバリバリしているだろうか。
いや想像できない。さらにその二年後一貴のように――。無理だ。
泉は密かに内心肩を落としながら「そうなんですね」などと相槌を打っていた。
「お前が担当しているのは半分くらいは早川くんが受け持つことになる」
急に自分の名前が出てきて泉は目を瞬かせて一貴を見上げる。すぐにそれに気づいたように一貴が顔を向け微笑した。
「そのうち発注もしてもらうことになる。ちゃんと教えていくから安心してくれ」
「は、はい」
「それじゃあ新商品の売り込みは早川さんにすればいいんですね」
「売れそうにないものは遠慮なく断っていいから」
「ひど! 全部自信のある商品ばっかりですよ、うちが取り扱ってるのは!」
ふたりの仲の良さに自然と笑っていた泉は不意に涼介から真剣な眼差しを向けられてどきりとした。なんだろう、とそわそわしたのはほんの数秒ですぐににっこりと涼介が笑顔を浮かべ泉の手を取った。
「早川さん、ぜひうちの商品をよろしくお願いしますね」
「……へ、あ、はい」
俺、ただのバイトだけどいいのかな。
だが一貴はとくに何も言ってこないので涼介はこちらこそよろしくお願いします、と軽く頭を下げた。
「それよりお前、今日仕事だったのか?」
「午後から休日出勤です。もう仕事は終わってるんですけどね。ここに来たのは先輩に挨拶しておこうと思っただけなんで。そうだ、仕事9時までですよね。飯行きませんか。久しぶりに」
「……んー」
「どうせコンビニ飯買って帰るくらいでしょ」
一貴と夕食、羨ましい。
ぼうっと見ていると「早川さんも一緒にどうですか」と誘われた。
「そうだな。早川くんも一緒に行くか」
迷っていた様子の一貴も誘ってくるので泉は目を泳がせる。
行きたいけどお邪魔じゃないのか。というより目下節約生活中の貧乏な俺の予算で社会人の二人に着いていけるのか?
激しく迷う泉の口が魚のように開閉する。
ブッと吹き出したのは涼介で泉がぽかんとするとすぐに「すみません」と謝ってきた。
「すごく悩んでるようだったから。心配しなくても高級レストランなんて行きませんよ。僕も給料日前だしファミレスでも行きましょう」
ね、と言われれば断るのも微妙で泉は頷いた。
それから涼介は売り場のレイアウトなどを見て回ると一足先に店を出て行った。
泉たちはレジ閉めをして、涼介と合流したのは9時20分ごろだった。
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