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第8話
オープンして一ヶ月を過ぎ仕事にも慣れてきた。客足の波もなんとなくつかめてきていた。オープン当初の土日のような忙しさはそんなにないが売上は順調のようだ。
その日昼休憩から戻ってきた泉はレジカウンターで万年筆の手入れをしていた。先ほど男性客がインクを買いにきてその流れで頼まれたのだ。といっても専門的なことはできないので超音波洗浄機に入れておくくらいのことだが。万年筆に触れるのも洗浄機というものがあるのを知ったのもバイトを始めてからだった泉は洗浄機の水に溶け出すインクを眺めるのが好きだった。
流石にじっと眺めているだけというわけにはいかないのでカウンターの一部のショーウィンドウに飾られている万年筆を拭いていく。陳列された万年筆の種類やメーカーも最近覚えることができた。
そんなのんびりとした昼過ぎ「お疲れさまです」と声がかかり、もう耳に馴染んだ声に自然と笑みを浮かべ泉は顔を上げた。
「お疲れ様です」
週に二度は顔を出す涼介が笑顔でやってくる。お疲れ様ですー、とカウンター内にいた野口も挨拶をする。
「ここは涼しくていいですねー」
手うちわで仰ぎながら涼介は涼し気に目を細める。
「外暑いでしょ」
「もう溶けそうですよ。車もなかなかエアコン効きませんしね」
しばらく野口と雑談して涼介は手帳片手に在庫チェックをしながら商品の見回りを始めた。
涼介とは食事に行ったのは一貴と三人で行ったきりだがメッセージのやり取りはよくしていて親しくなったと泉は思っている。こうして売り場へ顔を出しにきたときは商品のことをいろいろと教えてくれたりもする。
万年筆の洗浄が終わって綺麗に片づけてから泉はカウンターを出て涼介を探した。涼介はアルバムのコーナーにいた。綺麗に陳列しなおしている涼介のそばへと行く。
すぐに涼介は泉に気づき笑顔を向けてくれた。
「今日はどう?」
「んー、いまのところ暇ですね」
「まぁ平日の昼過ぎなんてそんなもんだよ。――そういえば今日店長は?」
「休みですよ」
今日のシフトは早出が木内と泉、遅出が野口と篠崎だった。先月までは一貴とペアでシフトは一緒だったが、休みが一日ずれ、組み合わせは変わっている。
きっと月毎で変わっていくんだろうと察せられた。ついこの前まではずっとシフトが一緒だったのが今月は二日おきにしかシフトが被る日はない。正直寂しいが仕事なのだからしょうがない。
「へぇそうなんだ。ずっと早川くんとシフト一緒なのかと思ってた」
「俺は今月、木内さんと一緒です」
「ふうん」
そうなんだ、とぼそり涼介が呟いた。泉は少し首を傾げた。
「店長に用事ありました?」
「ううん。逆、なにもないよ。そうだ、早川くん、今度出る新商品のパンフレット持ってきたから見て」
「はい!」
カウンターに戻って新商品の説明を聞いて、今後とりあえず2セット持ってくるという涼介に置くかは店長に聞いてからと苦笑しつつも頷いて、しばらくして涼介は帰っていった。
その涼介からメールが届いたのは泉の仕事が終わる10分ほど前のことだった。
『今日、ごはん食べに行かない?』
そんなメールが来ていた。
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