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第9話

「俺は、やっぱまずは生ビールだな。早川くんは?」 「俺も生で」 「りょーかい」  二人がいるのは居酒屋の個室だった。6時半に仕事が終わった泉は涼介からの食事の誘いに断る理由もなく涼介と合流した。  どこ行くどこでもというやり取りの後、涼介がセレクトした完全個室の居酒屋へ来たのだ。今日は涼介は車ではなく、飲みたいのでということで。  個室に通されてすぐに酒は注文し、メニューをふたりで眺めつつどれにするかと言いあう。 「焼き鳥盛り合わせいるよねー」 「俺、揚げ出し豆腐食いたいです」 「頼も。だし巻き卵も食いたい」 「あ、豚キムチも」  ふたりだけだがどんどん食べたいものが上がっていく。店員を呼んで、思いつくままにメニューを頼み終えてようやく二人はおしぼりで手を拭いて肩の力を抜いた。 「早川くんお酒は? 強いほう?」 「ぼちぼち、ですかね」  20歳になって飲酒喫煙できるようになった。タバコはあまり吸わないが友人たちと飲みに行くことも多かったし下戸ではない。かといってうわばみでもないが。言葉通りぼちぼち、だった。 「八木さん強そうですよね」 「そう?」  タバコを吸い始める涼介を眺めながら泉はお通しに手を伸ばす。通しは茄子の煮びたしで一口で食べてしまった。 「なんか強そうなイメージです」  涼介は泉から見て仕事もプライベートも充実してそうな感じだ。飲み会も多そうだし、いろんな経験が多そうでイコール酒も強そうというイメージになった。 「んー。まぁ弱くはないよ。早川くんが潰れても介抱してあげられると思うから安心して」 「潰れないよう気をつけます」 「遠慮しないでいいよ」  笑いあっていると生ビールが運ばれてきた。  すぐに「お疲れ様、乾杯!」とグラスを合わせる。一気に飲み干す勢いでグラスをあおる涼介と同じように泉もビールを喉に流し込んでいく。  7月に入って蒸し暑さは増して、今日は雨は降っていなかったが湿度が高いことを肌で感じる。ここへ来るまでの間にも汗がじんわりと滲んでいた。そういう日に飲むビールは本当においしいなと泉はホッとグラスを置いた。 「うまいなー。疲れが一気に取れてく」  涼介も泉と同じなのだろうリラックスした表情。手にしているグラスはもう少しで空で、涼介は飲み干すと店員を呼んであっという間の二杯目を注文している。 「ペース早いですね」 「そう? 早川くんと飯食えてテンション上がってるのかも」 「ふは、なんですかそれ。俺なんかが一緒ですみません」 「えー、俺は早川くんとごはん行きたいって思ってたんだから、俺なんか、なんて言ったらだめだよ」  泉は一瞬呆けてから破顔した。  自分だから誘ったのだ、と言われて嬉しくないわけがないし、わざわざそれを言ってくれる涼介がいい人だなと実感する。 「八木さんに誘ってもらえて嬉しいです。ありがとうございます」  ニヤニヤしているなと自覚しつつ泉はぺこりと頭を下げた。  同じように涼介が、「誘いにのってくれて嬉しいです。ありがとうございます」と頭を下げる。  二人は顔を見合わせて吹き出し――、ちょうど料理が運ばれてきた。  山盛りのサラダと枝豆、涼介の二杯目のビール。  食べて飲んで喋って、こうしてプライベートをともにするのは二度目だが会話は盛り上がった。  料理も次々運ばれて腹を膨らませながら仕事のこと、友人のこと、また仕事のこと、そして一貴のこと、と話も膨らんでいく。 「実は先輩って俺の姉と少しだけだけど付き合っていたことがあって、それで先輩とは結構親しかったんだよね」  仕事で怒られてないか、優しいですよ、俺なんてしょっちゅう怒られてるんですよ、そんな話から流れて涼介が水割りを作りながら言った。  ビールを二杯飲んだあと涼介はボトルで焼酎を頼んだ。予想どおり強いらしい涼介のペースには追いつけない泉は作ってもらった薄めの水割りをゆっくり飲んでいる。  飲んでいて、うっかりむせて咳き込んだ。 「……へ、へぇ、そうだったんですね」 「姉は大学卒業してすぐ結婚してもうこども二人もいるし、過去も過去の話だけど」  一貴と一緒に働けるだけで幸せ、そんな風に思っていても実際に知ると心がざわめく。一貴はノンケで絶対想いが通じることなんてない、わかっているのに。  なんで図々しくショック受けているんだろう。  泉はうろたえながらグラス半分入っていた酒を一気に飲んだ。  空になったグラスに涼介の手が伸びて持っていかれる。  氷が入れられる涼やかな音が響いてきて、涼介が慣れた手つきで焼酎をついでーー。 「早川くんって、先輩のこと好きだよね」  水で割りマドラーでかき混ぜながら涼介が笑う。  その言葉を聞いたのは二度目だ。  店舗がオープンしてすぐのころ一貴と三人で食事に行ったときにも、言われた。 「そうですね、店長すごくいい人だから」  同じように返し、涼介が作った水割りをを手渡してくるから受け取ろうとした寸前のところでいたずらのようにそのグラスが持ち上げられる。 「恋愛として、好きだよね、泉くん」 「ーーは」  恋愛?

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